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「父親」の死を誰よりも喜んだ娘。


さて、またこの度かなり重めな記事を書こうと思う(笑)

こういう記事を書くことで自分のこれまでの気持ちが少し浄化される気がするし、他のSNSであれば炎上してしまいそうな内容もここでならよりオープンに話せるので助かっている。


今日は、自分の「父親」がどんな人物で、コイツにどんなことをされてきたのかを綴りたいと思う。

向き合うことが辛い事実もあるが、先ほども述べたように自分の負の感情を浄化させたい。



まず前提に、私は婚外子である。

既婚者だった「父親」と母親が不倫して「できてしまった子」が私である。

この時点でもうこの男がいかにクズかは伝わると思う。

それでもまだ、不倫したという事実は除いて、この男がせめてもっと普通の一般的な人間であればここまで憎悪の念は生まれていなかっただろう。

この男がいかに普通じゃなく、自分をひどく苦しめたか、エピソードを交え話していきたい。



常識って何?俺様が都合よく生きれればそれでいい

まずライトなものから。
「父親」には常識というものが一切存在しなかった。
自分の行動が他者にどれだけ迷惑のかかることかがわからない。
自分にとって利益のあることであれば、他のことは気にしない。

具体的なエピソードをいくつか紹介したい。

以前別の記事にも書いたが、私が子供のころから、この「父親」と会うのは年に数回ほどだった。
この男には別の家庭があったため、当然同じ屋根の下では暮らしていない。

そんな「年に数回」のうちのある1回、コイツと母親とでファミレスで食事をしたときの話だ。

当時私は5,6歳だったかなと思う。
食事を終え、車に戻るために駐車場を歩いていた時、私は転んだ。
膝をすりむき出血。そして号泣。
よくある子供の小さな怪我だ。

すると「父親」はなんと、その場で救急車を呼んだのである。
救急車を呼ばれた私は更にパニック。

来てくださった救急隊員の方は困惑しながらもその場で私の膝を消毒してくださり、適切な処置をして帰っていかれた。

普通の人であれば、たかが膝をすりむいただけで救急車を呼ぶという発想絶対にないだろう。

救急車は便利屋じゃない、動く薬局ではない。
本当に命に関わるような重篤な症状の人をいち早く病院に搬送するための大切な機関。
それを身勝手に利用し、他者に多大な迷惑をかける。
こんな行動が平気で取れるコイツを心底軽蔑した。


またある時の話。

これは私がもう26歳くらいになったある時である。
その日私は夫とアウトレットモールに出掛けた。
そしてそのアウトレットモールで母親と「父親」と待ち合わせをしていた。

まだ待ち合わせ時間には早かったし、夫と私は買い物を楽しんでいた。
するとそこへ館内放送が流れた。

「お客様のお呼び出しを申し上げます」

お?迷子のお知らせか?と思った次の瞬間、

「東京都からお越しの〇〇様~。お連れ様がお待ちです」

なんと、この〇〇は私の名前だった。

私は人生で初めてお呼び出しをされてしまった。

その犯人は「父親」。
どうやらアウトレットに到着したのに我々と連絡がつかず、
何を血迷ったのか館内放送を使って呼び出したのだ。

あまりの非常識さと自分の名前が大々的に呼ばれた恥ずかしさで私は大激怒。
なぜそんなことをするのか。本当にブチ切れた。

ここまで述べたことで、いかにこの男が非常識で他人のことを考えない人間かが少し伝わったと思う。


コイツはこういう人間でとにかく自己中心的。
だから平気で不倫だってするのだ。


「お父さんと呼べ。おばあちゃんと呼んでやれ」


これも自己中エピソードの一環ではある。

私はコイツのことを父親だと思ったことはないし、
年に数回会うだけの男に愛情を感じたことなど1度もない。
だから当然、コイツのことを「お父さん」などと呼んだことはないのだ。

だがコイツにはそれが不服だったらしい。
いつも口癖のように「お父さんと呼んでほしい」と言っていた。

私は口が裂けてもこの男を「お父さん」となんて呼びたくなかったので、何度お願いされても呼んだことはない。

そしてもっと厄介だったのは、この男はマザコンで、自分の母親を喜ばせたいという気持ちが強かったことだ。

私は年に1,2度この男の実家に行かなければならなかった。
そしてこの男の母親(私にとっての祖母)に挨拶をする。

この祖母自体は優しくていい人。私も嫌いではなかった。

だがこの男は私が祖母のことを「おばあちゃん」と呼ばないこともかなり不服だったらしく、「一度でいいからおばあちゃんと呼んでやってくれ。もう年だから」と何度も頼み込まれた。

私は全力で拒否した。

幸い祖母は理解のある方だったので、私の複雑な感情もくみ取ってくれ、そういうことを言うなとこの男を窘めてくれたりした。

コイツは本当に自分が気持ちよくなれればそれでよく、娘の私の気持ちなどお構いなしだった。そんなところがたまらなく嫌いだった。


まるでヤクザ。暴力気質

この男はThe 昭和気質の男だった。
男尊女卑の考えが根強く、母と喧嘩するたびにしょっちゅう「女のくせに生意気だ」「女がゴチャゴチャ言うんじゃねえ」などと声を荒げていた。

外でも少し気に入らないことがあれば店員さんに怒鳴る。

ひどいなと思ったのは、3人で一緒にUSJに行った時の話。
コイツがアイスを食べながらUSJの入り口へ向かったところ、若い女性のスタッフに「食べ物のお持ち込みはご遠慮ください」と注意されたのだ。
するとコイツは激高し、
「うるせえ、マニュアル女。じゃあお前がこれを捨てろ」とアイスを押し付けた。
女性スタッフは涙目。本当に酷い話である。


私自身、殴られたことが1度ある。

それは私が中学生のころ。
当時塾に通っていて、その送り迎えは母が車でしてくれていた。

その日も母が車で迎えに来てくれていると思い外に出ると、
なぜかこの男が立っていた。「迎えに来たぞ」と。

どうやら急にこちらに来ることになったようだ。

私がこの男が待っていたことが嫌すぎて、無視をして車に無言で向かった。
その態度が気に入らなかったらしく、
「お前その態度はなんだ!!」と大声をあげ、私の顔を殴った。

私は鼻血が吹き出しパニック状態。
騒ぎを聞きつけた塾長も外に出てきてこの男をなだめていた。

あれは本当にショックだった。

さすがにこの男も反省をしたようで
あとで私に平謝りをし、「なんでも買ってやる」とご機嫌取りがはじまったのであった。

まあ、平成10年代であればまだ親が子を殴って流血というのは、全くなくはなかったのかもしれない。

だが、私は幼いながらに何でこの男に殴られなければならないのか、親でもないのに、とずっと理不尽な思いをモヤモヤ抱えていた。


ちなみにコイツは実際に本当にヤクザと繋がりがあり、
町でチンピラに出くわした際、そのチンピラたちはこの男の顔を見ると深々と頭を下げてくることがあったらしい。


と、正直ここまで書いてきて既に疲弊をしている。

思ったより大したことないな、と思って見てくださっている方もいるだろう。

ここから先はもう少しセンシティブでショッキングなことも書こうと思う。

本当に読みたい方だけ読んでくださると幸いです。


性的虐待?

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