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『Until Then』感想:ちょいエモ切なアドベンチャーの顔をした、絶望と喪失、希望と仲間の物語。「フィリピン発のシュタゲ」のように感じた、今年を代表する大傑作

一番連絡を取るような、一番遊ぶような、そんな仲のいい友人にも離せない秘密や悩み。
でもそれは、いつかどこかで乗り越えなければいけない。
でも、きっかけがない。
だからこそ、つい自分を着飾って、何も問題がないように振舞ってしまう。
そんな、どこにでもいる学生たちの物語。
そして、その学生たちが思いもよらない事件に巻き込まれ、もがき苦しむことで成長し、自らの心、悩みに向き合っていく。

切なくも美しい、学生たちの成長が見事に描かれた傑作。
『Until Then』は間違いなく、今年を代表するアドベンチャーゲームです。

※このnoteは一部ネタバレを含みます。ただし物語の本質的なネタバレはしていません。とある部分まで進んだ際に気づく仕掛けについてのネタバレです(ゲーム全体の半分も進んでいないあたりです)。とはいえ、まっさらな気持ちでプレイしたい方はクリア後に読んでくださいね!


ドット絵が綺麗。
ああフィリピンってこんな感じなんだな(開発したPolychroma Gamesはフィリピンを拠点としたスタジオ)、キャラクターもコミカルでいいなあ。
なるほど、主人公の男の子はクラスの委員長のことが少し気になるのかな。
ああ、でも脈は無いっぽいのかな…。
日常系だなあ。

ひよこ売ってるの?

ゲーム序盤では、そんな印象を受けました。
転校生がやってきて、廊下でぶつかる…。
ベタな展開もまた良し。

美しく動きのあるドット絵は見ていて飽きません。
描かれる、高校生の持つ夢や、淡い恋模様。
ただ、それぞれみんな悩みを持っていて。
幸せな日常に少し陰りが見えて。
終盤には大きな事件が発生して。
そしてエンディング、スタッフロール。


確かにいいゲームでした。
ドット絵も素晴らしいし、音楽もセンスあり。
ストーリーも、10代の不安定な気持ちを描写していたし、結構日常パートが多くて物語に波があったわけではないけど、まあいい作品だったんじゃないでしょうか。
……。

でも、これがsteamで、「圧倒的好評」なのはちょっと、過大評価じゃないかな。そう思いました。
steamでは泣けるアドベンチャーが高い評価を得がち、なんて噂話を聞いたことがありますが、それにしても少し評価されすぎ。
期待していたけど、こんなものか。なんか曖昧に解決した問題もあるし。

そう思ったのは事実。
でも、そのエンディングこそ、全ての始まりでした。
その後に体験した、ジェットコースターのような物語、絆と別れ、友情と恋愛、家族愛、絶望と秘密、暗闇の中の光と希望、そしてドラマチックな成長。

濃厚、なんて一言ではとても言い表せない、嵐のようであり地獄のような物語が、そこには存在しました。



あらすじ

物語の主人公は、高校生のマーク。
仲のいい友人のキャス、リデルとは何をするにも一緒。
勉強が苦手な、よくいる学生です。

ゲームは、マークが学校に登校するシーンから始まります。
スマホに届いたメッセージには、友人であり委員長であるルイーズから「スライドはもうやってあるのか?」という内容が。

あろうことか、その日発表予定のスライドに、全く手をつけていなかったことに気づきます。
友人からもメッセージで咳かされます。

学校に急ぎ、その友人と急いで作業にかかるマーク。
課題は、「ドストエフスキーの『罪と罰』」に関するレポートです。

間一髪でスライドを作り上げたマーク達、発表グループ。
同じ発表グループのルイーズとともに発表に臨みます。

本当に、ちょっと勉強が苦手な男の子の日常を描いた、ほんわかとした物語です。

委員長がかわいい

物語は進み、学校に転校生が来るという話に。
そこで、なぜか「転校生の名前に既視感」を覚えるマーク。

それ以降、しばしばデジャヴを感じます。記憶の混濁。
そして発生する、クラスメイトの失踪。
平和な日常に、薄く暗い雰囲気が漂い始めます。

過去に起こった「裁定」と呼ばれる、大災害。
仲のいい友人たちが抱える、秘密とは。

そして待ち構える、壮絶な運命。

何もないただの日常が、大きく動き始めます。



とにかく手の込んだドット絵の表現

「デジャヴ」、既視感や記憶の混濁を物語のメインに据えたストーリーは非常に面白く、謎の真相を追い求める展開は、中盤からもはやゲームを止めることができませんでした。
そして、そこまで夢中になった大きな理由として、美しいドット絵が存在します。

「ドット絵が美しい」ゲームは数あれど、このゲームに感じたのは「非常に手が込んでいる」表現である、というところ。

これは動画で見れば顕著なのですが、とにかくキャラクターが動く。
それは激しく体を動かすのではなく、ややオーバーに感じるくらい上下に動くんです。

でも、確かに人ってそうなんですよね。普通に歩くだけでも、足を踏み出すため体は上下に揺れています。

ゲームを始めたときは、その動きに感心したのですが、本番はそこから。
とにかくキャラクターがコミカルに、表情豊かに演出されます。

リアルな映像じゃなくドット絵だからこそのややコミック的な表現もありつつ、それもまたキャッチーで良い。

学校や電車、街並みなどの背景は美しく、モブなキャラクターも皆生き生きとしています。
ここの手の込みようは本当に見事。アニメーションを見ているような感覚でした。

これ、座っている二人の後ろのガラスに、二人の服や髪が微妙に反射しているんですよね。ビビりました

特に、ドット絵をそのままアップにする描写がとても良くて。
これはカメラワークの秀逸さにも繋がるのですが、常に一定の位置からのカメラではなく、正面や後ろのカメラになったり、アップになったり離れたり。とにかくストーリーを演出するため、キャラクターの心情をより分かりやすくするため、様々な位置からキャラクターは捉えられます。

横からのカメラが一般的ですが…。
演出のため、後ろからのカメラになることも。
カメラの距離も、通常の距離から…
アップになることも。
豊かな表情
微妙な表情の変化をドットで表しているのは、本当に見事。

短いシーンであれども、妥協せずプレイヤーへと訴えかけてくる見た目の工夫。
これはゲーム全編を通して感じた、素晴らしいものでした。



「間」の取り方

また、ドット絵の演出にこだわっているのはもちろんですが、物語の伝え方としての「間」の取り方が素晴らしかったです。

いわゆるテキストだけであり、音声が入っていないゲームだからこそ、プレイヤーは「自分がセリフを読んだタイミング」で次のセリフが表示されます。
これは本を読むのと同じで、読み手(プレイヤー)の読む速度により、セリフの表示、つまりキャラクターの会話のスピードが変わります。
こうなると、キャラクターにボイスがあるゲームでは表現しやすい「沈黙」「セリフの間」が表現しにくくなります。

よく「……。」といった形でも沈黙が表現されたりしますが、ことこのゲームにおいてはさらに一歩進んだ、というかひと手間かけた演出があり、思わず唸りました。

それは、強制的に「セリフを表示しない時間を作る」という方法です。
通常、プレイヤーがボタンを押すと次のセリフが表示されるのですが、このゲームでは意図的にその時間を遅らせていました。
特に、「何も言葉を発しないシーン、カメラワーク」をあえて会話中に入れることで、「黙っている事実」がクローズアップされているのです。

これが本当にうまい。さながらボイスありのゲームを体験しているようであり、またアニメーションを見ているような錯覚になります。

過去のゲームでは、『サガ・フロンティア2』でも同様の演出がありました。主人公が、病床の母の遺言に返事をするのですが、母の言葉で抵抗感がないものにはすぐに返事をして(主人公の『はい』というセリフがすぐに表示される)、あまりやりたくないこと、抵抗感があることには少し逡巡して返事をします(『はい』というセリフの表示が意図的にゲーム上で遅らされる)。

「セリフはプレイヤーがなんらかアクションすればすぐに表示されるもの」という前提を覆し、「何も表示しないという表現」をうまく使った演出でした。プレイヤーのテンポで進めていたのに、ゲーム側にそのテンポを乱されることでぐっと物語に引き込まれる。物語の伝え方のこだわりを感じました。

そう、とにかくこのゲームは細部までとことんこだわり抜いていました。セリフの表示の間はもちろん、ちょっと緊張する場面ではセリフのテキストが震えたりと微妙な変化ながらも手がかかりそうな演出を入れているのが、物語のインパクトを増大させていたように思えます。



SNSやメッセージの演出のこだわり

こだわりという点で外せないのが、SNSやメッセージのやりとりでしょう。
まさに現代的ともいえる部分ですが、今の時代を舞台にした場合外せないのがSNSなどの描写。
ここもまた、底知れぬこだわりを感じました。

SNSでは、いわゆるTwitter(X)なのかfacebookなのか、投稿者と画像が表示され縦にスクロールされるUIが表示されます。

しかもそれぞれの投稿をいいねしたりシェアしたり、また一部の記事にはコメント出来たり。
それだけではなく、ニュース投稿からは元記事に遷移することができ、さらにそのニュース記事からまた別の記事のリンクを踏むことで別のニュースへ…というように、「ただSNSを見るだけ」ではなく、そこから一歩二歩と階層が深いアクションができるのです。
このSNS演出はいつでも見ることができるわけではないこともあり、人によってはさっと流してしまうかもしれません。そんな、ゲーム本質ではない部分ですが、そこへの労力のかけ方に驚きました。

また、友人へのメッセージ送信の演出も本当に素晴らしかったです。
メッセージをプレイヤーが入力するわけではないですが、テキストボックスがあり、そこにはマークがメッセージを記入し、送信します。
その送信までの段階、ここが粋でした。

「一度書いたメッセージを取り消し、書き直して送る」
そんな演出がされていたのです。つまり、メッセージを送ろうとしたものの、もっと別の言い方があるんじゃないか、または何かを伝える勇気が出ず、ありきたりな言葉に変える…など、マークの気持ちとメッセージを書いたり消したりする動作が一致していて、心情の表現としての演出として素敵でした。

学生時代、好きな相手へと手紙やメールやLINEなどしたことがある人は、何回か推敲しませんでしたか?
メッセージを書いては消し、消しては書き直し…。
そんな青春の一幕を、このゲームは忠実に再現していたのです。

ただただ相手への返信に選択肢を選ぶだけではなく、マークなりに考えて言葉を選ぶ。これだけでも、そこにいる一人のキャラクターの厚みを感じることができました。

メッセージ中に声が出ちゃうのがかわいい



飽きさせない演出

ドット絵のゲーム、特にアドベンチャーゲームは基本的に会話したり、何かを調べたりして話を進めるのを繰り返します。それはシンプルで物語に集中しやすい反面、単調になりやすく、ストーリーに波がないとプレイする側にとって飽きてしまいやすいものとなります。

その点、このゲームにおいては明らかに手間がかかっているイベントシーンやミニゲームが、メリハリを生み出しゲームを推進させる力となっていました。

ミニゲームは多種多様であり、本当に数十秒から数分のイベントシーンで終わらせてしまうのがもったいないくらいのものばかり。
そしてこれらもまた、ストーリーの演出として使われることもあり、ただ単にゲームをするだけの役割ではないことも。このあたりはぜひプレイして体験してもらいたい部分です。

ピアノの難易度はもっと簡単でも良かったと思う

また、イベントシーンでは急にアニメの一コマのような演出が入ることもあり、これもまた新鮮で心に残るものでした。

特にこのゲームは早くても12-15時間くらいかかると思われるボリュームのため、(もちろんストーリーは加速度的に面白くなりますが)途中でプレイヤーがゲームに飽きないこれらの仕掛けは重要です。
そこが丁寧かつ豊富に用意されていたことは、最後までだれることなくプレイできた一因であったと思います。とにかく、手が込んでいました。



物語が伝えたかった、絶望の中の光と、そこから抜け出すという成長

物語はちょっと奇妙な学生生活から、予想だにしていなかったSF展開、世界の終わりのような展開まで、驚くような進み方をします。
ではこのゲームはそこで何を伝えたかったのか。
ただ、SF展開にキャラクターたちが翻弄されるような話…ではないと考えます。

人はそれぞれ、悩みや苦しみを抱えながら生きています。
ゲームキャラクターはあくまでアイコンとして単純化されがちなところがあるかもしれませんが、このゲームにおいてはかなり…二面的というか、「学校での自分」と、「学校では見せない、悩みに絶望している自分」の二つの状態を有しているキャラクターが多いように感じました。

人間、誰しもそうですよね。どれほど仲のいい友人だって、いやむしろ仲のいい友人だからこそ言えないこともあると思います。
そうやって、外向きの自分と内向きの自分。程度に差はあれど、人それぞれ使い分けているのではないでしょうか。

初めは外向きな世界を生きているキャラクター達も、徐々にお互いを知り、そして自分をさらけ出すことで成長していきます。
ときには、自分をさらけ出すことは痛みや意見の相違を伴うこともあるでしょう。
でも、だからこそ、そこには人間としての進歩があり、成長があり、そして強固な絆が生まれます。

個人個人の持つ絶望を解像度高く描き、そこから抜け出すことの辛さを描き、そして成長を描く。ここがこのゲームの本質であったと感じました。
巻き起こる事件、デジャヴ、記憶の混濁、そして恋愛、友情。

「今までの日常」が崩れることでキャラクターたちに変化が起こり、連鎖的に「今まで隠していた部分」が明らかになる。
そしてそれは、大きく成長する第一歩。
そこを丁寧に描いたからこそ、この作品は傑作である、そう思いました。



日本語訳や音楽について

日本語訳は問題ありません。機械翻訳ではなく、しっかり意味が通じるものとなっています。
欲を言えば、指示語(これ、それ、あれ、どれ)が多かったような印象です。それ自体は問題ないのですが、会話のリズム的な部分でちょっと違和感を感じるところがありました。
しかしまあインディーゲームの中での翻訳で言えばかなり高いレベルでの翻訳がされているので、プレイに問題はありません。

音楽はとても魅力的でした。ときにファンクでコミカル、ときに静謐なピアノソロなど、場面にあった音楽は記憶に残ります。
特に、このゲームではピアノおよび特定の楽曲が重要な意味を持っています。演出も特別なもので、また繰り返しゲーム中で流れるということもあり、その部分は強く心に残りました。



【ネタバレ】デジャヴとメタ演出

冒頭で書いた、「まあまあいいゲームだけど圧倒的好評ではない」と思ったのは確か。
エンディングが流れたのも確か。

しかし、ゲームはまだ続きます。
むしろ、そこまではプロローグと言っていいのではないでしょうか。
※エンディング後、「CONTINUE」という問いかけと、「YES」「NO」という表示が出るので、「YES」を選択してください。

そこからが、このゲームの本番です。
やや特殊な演出から始まり、またゲームは最初から。
マークの通学風景。今日発表のスライドはできていない。委員長には怒られる。

スマホにはまた友人からの急かすようなメッセージ…。
しかし、前回メッセージを送ってきた友人とは別の友人でした。
学校に到着し、前回と同じようにスライドを(別の友人と)作り始め、そこで著者名を聞かれ、マークは答えます。

「ドストエフスキー」

しかし、友人はこう答えます。
「何言ってるの?サリンジャーでしょ」
と。

つまりこのゲームにおける2周目は、1周目とは違う展開があることに気づきます。
しかも、「同じ時間軸」ではなく、「(主人公のマークが以前の記憶をおぼろげながら記憶している)2周目」であることに気づきました。時間が連続しているのです。

つまりループものであり、そして「うっすら記憶にあるような気がする」、これこそまさにゲームの中で「謎」として扱われている「デジャヴ」なんです。

通常、ループもののゲームでデジャヴがあるのであれば、「1度のプレイの中」つまり、「ゲーム開始からエンディングまでの間にキャラクターがループを経験することで、デジャヴの演出が生きる」というものであると思うのですが、このゲームは「1度ゲームとしてエンディングを迎え、プレイヤーが2周目を始めたことがループとなっている」のです。

つまり、タイムリープを扱った映画のように、「ひとつの作品の中で完結する形」ではなく、そこからさらに一歩だけ外に出た、「プレイヤーの体験としてのループ」となっていたのです。

似た構造で言えば、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の「エンドレスエイト」があります。
いわゆるキャラクターはすぐに「ループしている」と気づかず、それを観測している視聴者(このゲームにおいてはプレイヤー)が「ループしている」ことに気づく。そしてキャラクター達も徐々に気づいていく。
この仕掛けが素晴らしく、この時点でストーリーテリングのうまさに衝撃を受けました。

とはいえ、この時点ではゲーム全体の半分にも満たず、おおよそ25%~30%程度。
まさにストーリーの下ごしらえが終わった状態。チュートリアル終了状態。
ここから、物語がスピードを上げ始めます。
「1周目」を知っているからこその「2周目」での物語の変化、裏切り。
ぜひ、体験してみていただきたいです。



終わりに

今年を代表する傑作アドベンチャーゲームでした。
『A Space for the Unbound 心に咲く花』にも通じる、エモさと絶望、成長と希望、そして学生という繊細な瞬間を見事に描写した作品だったと思います。


このゲームが、『STEINS;GATE』Life is Strange』のように、時間と運命に翻弄されるSFなゲームの中でも、そしてインディーゲームの中でも、確固たる地位を築いたのは間違いありません。
とにかく細部にまで渡る丁寧な演出、ほんの一瞬のシーンでも縦横無尽に切り替わるカメラワーク、緻密なストーリー、凄すぎました。
間違いなくお勧めできる作品です。

アドベンチャーゲームのお手本であり金字塔となるであろう本作。
ぜひ手に取って遊んでみてください。


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