見出し画像

古代人のセンスが宿るムーンストーン

先月からはじめた誕生石の話。今月もつづけます。

6月の誕生石は、真珠がよく知られているけど、ムーンストーンも誕生石のひとつ。ほのかな青白い光を内部にたたえる様子が神秘的な宝石だ。

見出し画像は、オイルパステルで描いたムーンストーン。わたしのささやかなコレクションより、カボションに研磨したものと原石をならべた。以下のツイートは、ムーンストーンの光学効果(アデュラレッセンス)がわかりやすいように、光源を動かしつつ動画を撮ってみたもの。原石のほうでも青白い光が揺れているのが見える。

これを月光に見たてたのか、それとも月の満ち欠けに見たてたのか、ムーンストーンはかなり昔からそのように呼ばれていたようだ。

プリニウスの『博物誌』には「月の満ち欠けを映す石」と書かれているそうだし、インドの神話には「月光を集めた石」とあるという。どちらかが先で他方に伝わったのか、偶然の一致なのかはわからない。古代からインドとギリシャで、同じタイプの石が、月に関連づけられていたのが興味深い。

ムーンストーン、直訳すれば”月の石”。

自明のことだけど、月の石といっても、実際の月にある石ではない。

月は”地球の衛星”である。わたしたち現代人にとっては、この認識が前提になっている。これにはアポロ計画の功績がおおきい。アポロ計画は20世紀なかばの米国の月探査計画で、6度の有人月面着陸に成功している(余談だけど、どうして月なのにアポロなのだろう・・・)。

実際にアポロ11号が持ち帰った月の石は、玄武岩だった。のちの月面着陸で採取された石に斜長石もあったとか、不思議な合金があったとか、地球にはない放射性同位体元素が検出されたとかの話が知られている。

アポロ以前から、天文学の進歩によって月が地球のまわりを周回していることは知られていた。太陽・地球・月の位置関係と満ち欠けのメカニズムもわかっていた。しかし、有人月面着陸と石の採取は決定的だ。

それまでは仮説でしかなかった、月の天体としての姿。その証拠が突きつけられたのだ。月の裏側には楽園もなく、ウサギに似た月面人もいなかった。それどころか、大気も水もなく、青い空もなかった。ただただ、荒々しい剥き出しの岩石が広がる事実が明らかにされた。

わたしたちは、月にたいして科学的な知見を得てしまった。現代人にとって、月は別世界ではなくなってしまった。そのために、古代のひとびとが見たような感覚で月を見られなくなっている。現代のわたしたちは、同じ石を見て、はたしてムーンストーンと名づけられるだろうか。

上にも書いたとおり、ムーンストーンは、古代には「月の光を集めた」とか「満ち欠けを映した」とかの解釈がされていた。正体不明ながら、ヒトにとってとても身近な存在だった月。ほんのり光るミステリアスな石に、ミステリアスに夜を照らす月を関連づけたのは、わりと真面目な発想だったのだと思う。

なるほど、ギリシャとインドでそれぞれ月にまつわる石とされていたことにも納得がいく。”ムーンストーン”の響きには、神話時代の感覚が宿っている。


わたしは一応専門家のはしくれなので、ムーンストーンについて宝石学的な視点からも書いておく。

ムーンストーンは、長石(フェルスパー)という鉱物の一種。長石はわたしたちの身のまわりにとてもたくさんある鉱物で、たとえば墓石の濁った白やクリーム色の部分がわかりやすい例。風化すると粘土になる。

長石とひとことで言っても、実はいろんな種類がある。固溶体といって、ちょっとずつ異なる成分のものが混じりあった状態で存在している。中途半端な組成であっても、ほぼ均一に結晶化したものもあるけど、だいたいは偏りがあり、連続的に組成が変わる。結晶ができるときの条件が微妙に変化することが多いからだ。

とても限られた条件がそろうと、微妙に成分の異なる鉱物が交互に結晶化することがある。オルソクレース(正長石)というカリウムを多く含む長石と、アルバイト(曹長石)というナトリウムを多く含む長石の互層はその一例。

これらがとてもうすく層をなした結晶ができると、わずかな屈折率の違いから、外からはいった光に回折・反射・散乱・干渉といった現象がおきる。その結果、ぼんやりと白っぽい光が浮かびあがる。これが光学現象アデュラレッセンスの正体だ。

ムーンストーンのなかのオルソクレースとアルバイトの互層の厚さは、0.5ミクロンほど。可視光線の波長に近い。大陸地殻で最も一般的な鉱物である長石だけど、この互層をなしている結晶は、ごくわずかだ。

ムーンストーンで一般的なカボションは、まるくドーム状に盛り上がった形をしている。ムーンストーンはじめ、スターやキッツアイなどの光学現象をしめす石や、透明度の低い石が、よくこのカボションに研磨される。いっぽうで、透明度の高い石は複数の平面からなるファセット・カットがほどこされることが多い。

以前、タイで石を研磨している方から興味深いことを聞いた。

カボションの底面にファセットをつくるバフトップという形に研磨すると、輝きが増す。それを期待して、とっておきのムーンストーンの底面にファセットをつけてバフトップにしたところ、なんとムーンストーンの特徴である青白い光が消えてしまったそうだ。

外からはいった光が、底面のファセットで反射し、石の内部で光が集まるようになったのだろう。その結果、石の下からも照らすような状態になって、光学効果がかき消されてしまった。

その方は、このエピソードを「石の研磨はまだまだわからないことばかり」「欲張ってはいけないということか」などと自嘲ぎみに話してくれた。研磨石にさらに手を加えて光学効果が失われたことも、ミステリアスな現象と認識されているのがおもしろい。

研磨職人をして神秘体験と認識せしめたムーンストーン。わずかながら、まだ別世界的な感覚をあたえつづけているのかもしれない。どこかムーンストーンらしい話だ。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集