咲き誇るハゲたちへ
私にとって、ハゲの原風景は祖父である。
祖父とは、基本的に「孫に優しい」という習性を持った生命体だが、私の祖父の優しさはべらぼうで、その優しさと引き換えに頭髪を失ったかと思えるほどにハゲていた。
私は、ハゲという言葉も概念も知らない無垢な頃から圧倒的な優しいハゲを叩き込まれてきた。したがって、
ハゲ = 優しい
という、一元論を信じて疑わない──ちょっとユルめの道徳観で、私はすくすくと成長していった。
それでも、酸いも甘いも噛み分けた40代ともなれば、様々なハゲと出逢い、そしてそのハゲがハゲに至るまでの足跡や労苦があること、当然──ハゲにも百人百様の性格が存在することも理解した。
それでも、やはり祖父が私に与えた影響は大きく、偏屈なハゲや横柄なハゲを見ると、
「なんやハゲの風上にも置けんハゲやな」
などと、内心毒づいてしまう。まあ、風上に置いても風下に置いても、戦ぐ髪が無いのがハゲという現象なのだが──。
勘の良いヒトならお気づきかと思うが、何を隠そう今日はハゲの話だ。前置きのみならず、徹頭徹尾ハゲについて語っていこうと思っている。ハゲだけに──禿頭ご覧いただきたい。
三大ハゲ
ハゲていたハゲ
冒頭に紹介した祖父をカテゴライズすれば、「ハゲていたハゲ」ということになる。つまり、私にとって「最初からハゲ」ていた、ということだ。もちろん、彼がハゲに到るまでの過程には、さまざまな葛藤や懊悩があったにちがいないが、とうに故人となった祖父に、心の機微を伺う手立てはない。
ともあれ、私の記憶にいる祖父は、「最初からハゲ」ていた。
続いてのハゲは、私にとって「最初からハゲていた」ハゲではなく、「ハゲていった」たぐいのハゲだ。
ハゲゆくハゲ 〜同僚H〜
私より3歳年上のHは、私の5年後に入社した──つまり年上の部下だ。
15年前、金色にそよぐ芒がごとく繁茂したサラサラの髪をまとって入社したHは、いまや耕作放棄地さながらの、所々に雑草が散らばった荒地──すなわち、ハゲである。奇しくも、芒は薄とも書くから何とも頭髪の喩えとしては不穏当ではある。それはさておき、Hのハゲ変遷は以下のとおりだ。
──おや?なんだかHさんの頭、アレだな....。
と、私が気づいた頃には──前述の「最初からハゲ」の祖父のときとはちがい、彼の葛藤や懊悩を感じることができた。ふんわりとしたセットで頭皮にモザイクをかけたり、帽子を着用しはじめたり、髪の話題になると年季の入ったブルースマンのような表情を浮かべたりと、ハゲに悩みハゲに抗いハゲを隠匿する姿勢を見せていた。しかし、ある時からエアリーな髪型や帽子に頼るのをやめ、表情にも陽が差したように見えた。Hは──男気を見せ、そして頭皮も見せるようになっていった。つまり「ハゲを受け入れ」たのである。髪を括れなくなった代わりに、腹を括ったのだ。
同僚Hは、今日も元気に働き、そしてハゲている。
続いてのハゲは、「中抜きのハゲ」という、珍しいハゲ案件だ。
中抜きのハゲ 〜友人S〜
──ユウスキンか?久々だなオイ!!
東京の某駅で、不意に声をかけられた。
黒目がちのどんぐり眼と高い声、ひどい猫背ですぐにSだと判ったが、20年振りの彼は、でっぷりと肥え、そして──ハゲていた。
20代前半のころ、アルバイトで知り合い、意気投合した男だ。事あるごとに飲み歩いては馬鹿話に明け暮れていたことを思い出す。
当時のSは痩せぎすで、髪も黒々と存在していた。彼の大学卒業と就職を祝ったきり、没交渉になっていたのだった。
──会社が順調でさ、ちょっと次は飲食イッちゃおうかと思ってンだよね
当時から野心家だった彼は、突如として成功と今後の展望を語り出した。
──ホラ....今インバウンドでアレじゃん?繁華街で飲食イッちゃったらサ、バンっバンなのよ
私は、彼の熱い話を聞き、寒々しい頭皮を眺めた。
かつてのバイト仲間に、自らの成功を誇示したい思惑が透けて見えたが、頭皮も透けて見えた。Sは商魂と引き換えに、毛根を失ったのだ。利益を上げて禿げ上げてきたのだ。抜けた髪を心臓に生やしたのだ。黒字と肌地を叩き出してきたのだ。ハァハァ。
固く握手を交わし、またなー、食いにこいよー、などと大声で言ってSはドスドスと去っていった。なかなか絵になるハゲだな、と私は思った。
このタイプのハゲは、ハゲに到る経緯、その情報が、頭髪とともに──抜け落ちた「中抜きのハゲ」というレアケースだ。
ハゲの分析と考察
ハゲと薄毛の違い
どこからがハゲで、どこまでが薄毛、というテーマは、恋と愛を語るのと同じくらい難しい。たとえば、一糸纏わぬ頭皮の人物が「私は蓬髪を自認している」などと強弁すれば、この多様性吹き荒れるご時世には「ハゲではなくなる」可能性がある。
ハゲとは、限りなく客観的なものであると同時に、きわめて主観的なものでもあるのだ。
ひとつ、私が出会ったエピソードを紹介しよう。
季節のうつろい
繁盛している理髪店──いわゆる床屋で順番を待っていると、
「えっ!?」
という理容師の声が店内に響き渡り、私はスマホから顔を上げた。
──ええ、ですから....梳いてください。
私はすぐに、理容師の「えっ!?」を理解した。
客の頭は、季節で言うと「秋」くらいの薄毛なのだ。それも、「限りなく初冬にちかい晩秋」である。もうすでに梳きに透けてるので、梳き鋏が客の髪の毛をキャッチ出来るとは──到底思えなかった。
客商売としてあるまじき理容師の「えっ!?」に、店内の誰もがシンパシーを覚えたにちがいない。
私は客の梳かれている姿も、理容師が梳いているところも、とても観る勇気がなくて、スマホに目を戻した。
客が、どのような冬を迎えたのかは──知らない。
以上のような、薄毛を薄毛と露ほども思わない剛の者も存在する。ハゲの主観と──第三者の客観の溝は、おそろしく深いことがあるのだ。
ハゲとの接しかた
前述の祖父のように、とうにハゲている──言わば「ハゲ慣れている」人物なら、当人もハゲとして振る舞うことが堂に入っているだろうし、周りの人間だって、そのハゲと付き合い慣れていることだろう。
しかし、同僚Hのような「ハゲていった」人物への接しかたは、きわめてセンシティブである。
たとえば、当人が「いや〜最近ハゲてきちゃってサ」などと〝歩み寄って〟くれたら儲けモノだが、間違っても「いや〜Hさん最近ハゲ散らかってきましたねぇ」などと、こっちから飛び込むのは禁忌だ。
ハゲてきた人物が「ハゲをどう消化したのか」見極めてから接する必要がある。
自嘲気味にハゲをネタにする者、あるいは「絶対に触れるなよ」といったオーラを漂わせる者。ハゲゆく人々のハゲかたに個性があるように、ハゲ振る舞いも十人十色なのだ。
ハゲ隠しの戦略
ハゲゆくことを認められない人物に財力があれば、養毛や植毛、あるいは増毛、最終的には良質なカツラでハゲを隠匿するだろう。さらにその人物が戦略家であれば、周囲に気付かれないよう「きわめて自然に」ハゲを韜晦するはずだ。さらに如才のない人物であれば、遺言には「カツラ取るべからず」と記し、荼毘に付されるまでハゲをひた隠しにし、文字通り、墓場までハゲを持っていくにちがいない。
上記のスマートな隠匿ハゲに対して、どこからどうみても〝不自然なカツラ〟を着用している「不器用なハゲ」も存在する。
高齢なのに、ツヤっツヤで黒々とした不自然なカツラ。
生え際やもみあげを無視し、突如として密林が現れる0-100のカツラ。
挙げ句の果てには、「ハゲを隠す」という綱領が形骸化し、「帽子化」してしまった雑な着用のズレカツラ。
彼ら不器用で雑なハゲは、職場や家庭でもハゲに到る戦略や政治の過程を無視して、ある日カツラを被ったのだろうか。下手なハゲの隠匿は、いくら重厚なカツラを装着しても、よりハゲを際立たせるだけなのに。
ハゲをうまく隠したいのなら、
──もっと、こう、あるだろう?
と、私は言いたい。
輝かしいハゲの言葉
幼い日の話だ。
──ユっちゃん、じいちゃんは床屋に行ってくるからバアちゃんと留守番しててな
そう言ってカラカラと引き戸を閉める祖父に向かって、「じいちゃんハゲ丸だから床屋さん行かなくったっていいじゃん!!」と私が言うと、
──まだ、切るところが、すこし....あるからねェ
と答え、スーパカブとともに散髪へ出かけた。当時は理解できなかったが、いま思い返すと──なんて粋な台詞だろうか。側頭部から襟足にかけてわずかに残った髪の毛にだって──毛は抜けても手は抜かない祖父のダンディズムを感じる。
世に名言は数あれど、ハゲに関するものは少ない。少ないうえに、自分の頭髪を自嘲したようなものばかりで、胸を張ったハゲの言葉はとても少ない。
ここでは、上記の祖父の言葉をはじめ、誇り高きハゲの言葉をいくつか紹介しよう。
ブルース・ウィリス
男の価値は髪の量で決まるんじゃない
──ハートで決まるんだ
さすがブルース・ウィリスだ。ちなみに、彼の出世作である「ダイハード」では、シリーズが進むごとに頭髪が後退していくことが確認できる。徐々に頭髪がマクレていく同作での彼の役名は、「マクレーン」という。おそるべき符合である。
ジェイソン・ステイサム
自分がハゲだってことを神に感謝してるぜ
──そもそもこの俺に髪の毛なんて似合わない
言わずと知れたジェイソン・ステイサムだが、彼の言うとおり若くハゲていない頃と見較べても、いまのキンカン頭のほうがよく似合う。
前述のブルース・ウィルス、ジェイソン・ステイサムはもとより、ショーン・コネリーやエド・ハリス。はたまた渡辺謙やいかりや長介、竹中直人etc....俳優に限っても、髪が減って輝きが増した人物は数多い。
孫正義
髪の毛が後退しているのではない
──私が前進しているのである
続いては、ソフトバンクグループの代表である孫正義の言葉だ。
含蓄に富んだ素敵な言葉だが、あとは携帯料金を下げてくれたら「殿堂入り」待ったなしだ。
やはり、ハゲて卑屈になるよりも、ハゲを武器にするくらいの心臓を持った人々と言葉は、私を虜にする。
忍び寄るハゲ
頭皮、その兆し
ある日、風呂上がりに鏡を見ると──
──おや?おやや?
頭皮が透けて見える。「濡れてるからや!」などと慌ててドライヤーをかけるが、やはり〝キテ〟いる。
──ついに来たか....
前述のとおり、祖父──父方はハゲていた。そして、私の物心つく前に亡くなって写真でしか知らない──母方の祖父も、ハゲていた。後期高齢者となった父は、それなりに薄くはなっているが、まだ「ハゲの範疇」ではない。
「隔世遺伝」という言葉が、私の頭のなかでつんつるてーん、と鳴り響いた。
──祖父ちゃんたちハゲてたから、おれもそろそろかな
などと、時おり冗談めかして妻に話してはいたものの、いざ「ハゲ始まる」と、私は大いに動揺した。
それからというもの、洗髪時には丹念に頭皮を揉みしだいてみたり、慌ててアマゾンで買った育毛スプレーを頭皮へ大量に吹き付けて家族をむせ込ませたり、「おれはハゲないおれはハゲない」などと唱えながらベッドに入って悪夢に魘されたりした。
当然、にわか仕込みのハゲ対策が功を奏すはずもない。荷物をまとめて今出ていこうという恋人に、慌てて甘い言葉や花束を向けても、もはや手遅れだろう。
──賽は投げられたのだ。
食べる育毛
たとえハゲゆく運命だとしても、座して死を待つつもりは毛頭ない。ハゲだけに。
外的な刺激や祈りのたぐいで効果が得られぬならば、髪や頭皮に良いものを摂取して、身体の中から育毛を促してみよう──そう思い立った私は、冷蔵庫や棚にある食材のことごとくをGoogle検索にかけた。そして、家にあるものでハゲに効く──「毛生えメニュー」にたどり着いたのだ。

材料を紹介しよう。
まずは、酒のあてに燻製しておいたタコだ。
そのタコを、潰したにんにくとオリーブオイルに漬けておいた。オイルで封をすることで保存がきくし、燻香とにんにく成分がオイルに馴染んで美味しくなる。

タコは髪に良い影響があると考えられています。タコには、髪の主要成分であるタンパク質を構成するのに必要な亜鉛が含まれています。亜鉛は、髪のターンオーバーを促進し、健康な髪を維持するのに役立ちます。また、タコには、髪のメラニン生成を促し、黒くツヤのある髪を育てるヨードも含まれています
ハゲの隠語の代表であるタコが「髪のターンオーバーを促進させる」という事実に、私は歓喜した。

ちなみに、オリーブオイルとにんにくが髪や頭皮にもたらす恩恵は以下だ。
オリーブオイルが抜け毛に役立つ可能性があります。オリーブオイルには、頭皮を健やかに保ち、抜け毛を防ぐ効果が期待できる成分が含まれています。具体的には、抗酸化作用があるビタミンEやポリフェノール、頭皮の皮脂汚れを落とすオレイン酸などが挙げられます
にんにくは、ビタミンB群を豊富に含み、髪の成長や健康維持に役立つ栄養素を多く含んでいます。特に、皮脂の分泌をコントロールするビタミンB2や、ターンオーバーを活性化させるビタミンB6は、健康な頭皮環境を整えるために重要です
続いては大葉だ。大葉偏愛型人間の私が世帯主の我が家には、常時大量の大葉が存在している。

大葉には、髪の健康維持に役立つ栄養素であるビタミンAとB2が含まれています。
ビタミンAは細胞の成長を促進し、ビタミンB2はタンパク質の合成を助けて毛髪を健康に保ちます
ソースに40枚、トッピングに40枚と、大盤ならぬ大葉振舞いで髪の大量発生待ったなしだ。
続いては、胡桃だ。

くるみは、髪の毛の成長を助ける栄養素が豊富に含まれているため、抜け毛や薄毛対策に効果的です。特に、タンパク質、オメガ3脂肪酸、ビタミンE、亜鉛などが、髪の毛の健康維持や成長をサポートすると言われています
ちなみに、この胡桃も燻製にかけてある。味の向上と、頭皮が髪で色づくことを燻製による色づきで表現した。いわゆる「願掛け」も込みの燻製だ。

タコとトッピング用の大葉を除き、以上の材料をボウルに入れる。

そして、攪拌である。
いかにも髪が生えそうな芳しさがボーボーと立ちのぼった。

滑らかになるまで撹拌したら、パルミジャーノ・レッジャーノのたっぷりとすり下ろし加えていく。
ナチュラルチーズは髪の毛に良い影響を与える可能性のある栄養素を豊富に含み、髪質改善や抜け毛対策に役立ちます。特に、髪の主成分であるケラチンの合成に欠かせないタンパク質や亜鉛、ビタミンB群などが豊富で、これらの栄養素は髪の成長を促し、健康な髪を維持するのに役立ちます
AIによるパルミジャーノ・レッジャーノの解説を観ているだけで、頭皮に福音が降り注ぐような気分になる。
もはやこれは、カミノケーノ・フッサーノと呼んでも過言ではないだろう。
チーズを加えたらよく混ぜ、塩胡椒で味を整える。
これで、毛生え薬ソースの完成だ。

この緑々しい色彩は、いかにも繁った植物を想起させ、髪の毛もフサフサに繁茂するにちがいなかった。

茹で、冷水で締めて水気をよく切ったパスタに毛生えソースを絡める。
タコと大葉をあしらって、ハゲかけた男よるハゲのためのハゲ食、「ハゲジェノベーゼパスタ」の完成だ。
ハゲベーゼパスタ

アフロのごとく盛り付けた大葉は、フサフサボーボーの暗喩である。アフロ大葉をかきわけ、フォークで髪の素を巻き取っていく。

持ち上げたフォークの芳しさに、腹の虫がクルックーと鳴き、たまらず私はむしゃぶりついた。
──おお....なんて美味いんだ....
大葉、にんにくの鮮烈さ、チーズと胡桃の濃密なコク、噛むほどに溢れるタコの旨味。それらをスモーキーなオイルが包み込んで──感動的な味わいだ。
食むほどに、メコモコと頭皮が蠕動し、新たな髪が芽生えていく──そういった感覚を覚えた。
空になった皿を見つめ、翌朝にはメドゥーサさながらの極太の蛇が発生するのではなかろうか──
──いや、そんな即効性を伴った強烈なハゲ薬ならば、私は全世界のハゲ──その救世主になってしまう。それはいやだ。ハゲのいない世の中なんて、味気ないし、なんというか──つまらない。懊悩を超えて光り輝くハゲは素敵だ。咲き誇るハゲはカッコいい。
けれども、私は、ハゲたくない。ハゲる覚悟が出来ていない。
本気で毛を生やしたいのなら、生活習慣を見直して、気長に取り組まなければならないことも重々承知の上だ。
それでもなお──ハゲベーゼパスタが毛根に行き渡ったと信じたいし、翌朝の洗面所、その鏡のなかの自分に喜びたかった。
エピローグ
──翌朝。
起き抜けに、手櫛で髪をかき分ける。
手ごたえがあった。
洗面所の鏡に対峙し、うつむいたまま、ひとつ息を吐く。
手探りでライトをつけ、鏡のなかの自分を見た──
──アラやだ。地肌がよく見える。
チッ、と舌をひとつ打って、私は投げやりに帽子を深くかぶり、そして身支度を始めた。
この状態を──
透け地肌だけに、現実逃避という。
【写真:著者/著者の妻】
