私のひきこもり術とヴァンパイア撃退法
もう誰にも会いたくない。
時おりやってくる、投げやりで──すべてが億劫になる日。けれども仕事や家族を持つ身としては、すべてを投げうって毛布にくるまっているわけにはいかない。
現に昨日が「その日」だったが、山場を迎えた仕事や少なくない関係者を放り出して心の天気模様にホイホイ従うことなど許されるはずもなかった。
それが許されないならば──発想をひるがえして、「家から出られない状況」を自ら作りだしていくのが最適解だろう。ただし、一口に「家から出られない状況」と言っても、疫病に罹ったり怪我をしてしまっては、家にいても心の安寧など得られずに苦しむだけだ。
私は考えた。悩みに悩みぬいた。そして到った結論は、
「猛烈なにんにく臭を発散させることによって、自らの社会性を一時的に剥奪する」
といったものだった。普段は、社会性を担保するために控えざるを得ない愛するにんにくを思う存分に食べたうえに、煩わしい外界との没交渉まで手に入れることが出来るのだ。しかも、にんにく臭は1〜2日もあれば嘘のように霧散してくれるから、あとは何事もなかったかのように外界を練り歩いても何ら問題はない。
にんにくを大量に摂取する、という方針は決まったものの、「誰にも会いたくない」といったやさぐれた気持ちは、夏の驟雨のようにいつ訪れるかわからない。わからないのであれば、いつ訪れても良いように仕込んでおくのが大人の作法だ。

おりしもベーコン作りと重なったので、皮をむいたにんにくも道連れに燻製器に並びたてた。
燻材を都度足しながら、60〜70℃の温度で、じっくりと3時間ほど燻製にしていく。

にんにくの旨み成分であるグルタミン酸、そして香り成分アリシンが引き立つのが60〜80℃の加熱だと言われている。それ以上の温度での加熱は「ホクホク」になって香りが弱まってしまうのだ。もちろんホクホクにんにくも美味しいが、後述の理由でシャキシャキ食感は保っておく。


燻製にんにくの盤茎を切り落とすと、燻香とアリシンの匂いが混ざりあった凄まじい香りが立ちのぼる。
めちゃくちゃクサいが、もちろん──ここでのクサいとは褒め言葉である。

そのまま口にしたい欲求をグッと堪え、燻製にんにくを清潔な瓶に敷き詰める。

そして、過去の悪夢がひたひたと──跫をたてて近づいてくるように、醤油をひたひたに注いでいく。
あとは一週間も漬け込んでおけば、極上醤油漬けの完成だ。醤油が行き渡った燻製にんにくの美味さもさることながら、燻香と大蒜が溶けこんだ醤油の味わいも素晴らしい。燻製温度を上げずにホクホクになるのを避けたのも、にんにく特有のシャキシャキ食感を担保したかったためだ。
醤油漬けにんにくが程よく漬かった──おりしもそのころ、妻の故郷である熊本から立派なにんにくがたくさん届いた。

ひとつ、身を割って嗅いでみると──
──おお....これはニオう。
アリシンが脳髄まで届き、思わず昏倒しそうになる。これは、最高のにんにくだ。
駒は揃った。あとは「孤独になりたい欲」の出現を待つばかりである。
🧄 🧄 🧄 🧄
──ああ....もう誰にも会いたくない。
ほどなくして、「その日」は訪れた。
(早くにんにくが食べたいから──その日を迎えたのでは...)
などと思った諸君は心がたいへん汚れている。極寒のベーリング海で強制タラバガニ漁の刑に処す。
それはさておき、僥倖──と言うべきか、不幸中の幸いと言うべきか、「その日」は週末に訪れた。これで仮病や親戚の不幸、といった方便を駆使して仕事を休まなくても済む。
あとは、旅の仲間が必要だ。必要とはいえ、孤独を他人に押し付けるわけにはいかない。ここは、妻が適任だろう。夫婦とは一連托生なのだ。愛とは──ともにニオうことなのだ。
──美味いパスタ作ってあげようか?
妻は嬉々として「食べる食べる」などと答えたが、彼女は知らなかった。それか〝美味いパスタ〟だということを──。
さて、にんにくを作ったパスタといえば枚挙にいとまないが、それが主役となり得るものといえば──やはりペペロンチーノだろう。
日本ではペペロンチーノという名で定着した料理だが、
Spaghetti aglio, olio e peperoncino
というイタリア語が、この料理の正式名称である。
にんにく・オイル・と・唐辛子という額面どおりのきわめてシンプルなスパゲッティーだが、その作りかたは百人百様で、それぞれの家庭やシェフによって解釈がまるでちがう。ペペロンチーノには一家言ある、という人は多いのではないだろうか。なかには一家言ありすぎて、わざわざ人のレシピに「それはアーリオオーリオではない」といったご鞭撻をする〝ペペロンチーノ警察〟すら現れる始末だ。警察が出現するということは、ひるがれば食文化として多様性に富んできたことの証左とも言えるだろう。
外国の食を取り入れては八百万に変態する、というのが日本という国の法則だ。したがって、ペペロンチーノという料理は、日本人のアレンジ気質の発露、その見本市のような様相を呈していて、巷には「〇〇のペペロンチーノ」という、イタリア人もポカン、の麺料理で溢れかっている。
私は日本のこういった食い意地の張った食文化が好きでたまらない。たまらないが、あまりにも元の料理から逸脱してしまっては本末転倒だ。ペペロンチーノの根幹である──にんにく、オイル、唐辛子を活かしつつ、私なりのひと皿に仕上げていこう。

にんにくは前述したが、オーリオ──油にも凝っていこう。香りの強いEXVオリーブオイルと、グアンチャーレ・アフミカータ(豚首肉の塩漬け燻製)を使う。
塩とハーブをたっぷりとすり込んで二ヶ月ほど熟成させてから燻製した危険なブツだ。この脂身を煮出すと、スモーキーで甘い極上の油が滲んでくるのだ。
油もさることながら、カリカリに揚げ焼きにされた肉のうまさは──いわんや、である。

続いては、唐辛子だ。
右から、鷹の爪、チポトレ、沖縄唐辛子、燻製硫黄島唐辛子の四種類を使っていく。使う理由としては、「家にあったから」である。
ちなみに、チポトレとは燻製し乾燥させたハラペーニョのことだ。コーヒーと鰹節を思わせる香りの面白い調味料である。燻製硫黄島唐辛子の経緯については、下記リンクを覗いてみてほしい。

【材料】 2〜3人前
・パスタ 280g
・オリーブオイル 大さじ5〜6
・グアンチャーレ 100〜150g
・にんにく 1球
・にんにく醤油漬け 2片
・漬け醤油 大さじ1
・唐辛子 好きなだけ
・大葉 10枚
🍥下ごしらえ🍥
・にんにくの皮を剥き、盤茎を切り落とす(大きめの粒は半分に切る)
・にんにく一片の芯を除いてみじん切りする
・醤油漬けにんにくを薄切りにする
・グアンチャーレを細切りにする
・大葉を粗みじんに切っておく
・唐辛子は種を除いておく(辛いのが好きならそのままでも◎)
・同時進行でパスタを茹でる(塩分1〜1.2%)
まずはオリーブ油を弱火にかけ、にんにくを投入してじっくりと揚げていく。にんにくを揚げ終えたオイルは極上のガーリックオイルだ。このパスタに全部使うには多すぎるので、炒め物にサラダにと活用していこう。

取り出したにんにくは、いかにもホックホクだ。この状態で塩を振ってビールも最高だが、止まらなくなるおそれもあるため衝動を抑えて次へ進もう。

続いて、グアンチャーレを弱火にかけて油を抽出する。しっかりと油が出たらやや火を強め、グアンチャーレを半ばカリカリの状態まで揚げ焼きにして、取り出しておく。

グアンチャーレの油に、先ほどのガーリックオイルを大さじ2ほど加え、みじん切りにしたにんにく、唐辛子類を投入して弱火で香りを移していく。

にんにくがキツネ色になったら唐辛子を取り出し、パスタの茹で汁をお玉一杯(約100ml)加え、グアンチャーレを焼いて出た旨味焦げを木べら等でこそげ落とし煮溶かしておく。
※テフロン加工等のフライパンでは省いてOK。

薄切りにした醤油漬けにんにく、漬け醤油、刻んだ大葉の半量を加えて混ぜる。
アルデンテに茹でたパスタ、取り出しておいた具材を戻し、よく混ぜ合わせる。
皿に盛り付け、残しておいた大葉を振りかけたら、ペペロンチーノの完成だ。

──覚悟はいいか....?
皿が問いかけてきたが、私は最初からそのつもりだ。
「え....ナニこれ?」
と、妻は皿をみて目を丸くしたが、
「ご覧のとおりであります」
と答えると、すべてを悟ったかのような諦念を表情に浮かべ、食卓へついた。
にんにく、燻製にんにくをフォークで捕らえ、パスタを巻きつける。たちまち生唾が溢れだし、ぎぅ、と喉が鳴った。
唇で、フォークからそれを剥ぎ取る。
──ッッッ....
妻と目が合う。そして、頷き合った。
このうまさは、尋常ではない。
にんにくが行き渡ったグアンチャーレオイル、オリーブオイル、漬け醤油が絡んだ──ぬらり艶かしい口当たりのパスタ、その強烈なうまみ。ほっくりとしたにんにくコンフィと、シャッキリとした燻製にんにくの食感の妙。
燻製にんにく醤油の──どこか薬膳を思わせる香りと、唐辛子の相性も抜群だ。

夫婦そろって、ビールを煽ってはフォークをふるい、あっという間に皿を空にした。
満腹の吐息には、窒素、酸素、二酸化炭素。そしてヴァンパイアにとって致死量のアリシンが含まれているにちがいない。これで我が家の食卓に吸血鬼が近づくことはなくなった。そして、狙いどおり──にんにく臭をまとって社会から逸脱した私は、部屋に引きこもって毛布のなかで孤独を大いに堪能したのだった。
その夜──どうも胸がカッカして眠れない。睡眠導入によく使うYouTube「宇宙の話」をイヤホンで聴いても、思考がワギワギと落ち着かなくて、眠りのヒントすら訪れようとはしなかった。
やがてカーテンの隙間は白みはじめ、新聞配達のスーパーカブが聴こえはじめる。
孤独と引き換えに眠りを奪われた私は、にんにくを大量に摂ったことを悔やみながら、悶々と寝返りをうち続けた。
のちに私は知ることになる。
にんにくのことを、スペイン語で──アホ、と呼ぶことを。
【写真:著者/著者の妻】
