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最期の贈り物はびっくり試着

このnoteは死に関する記述があります。
お気を付けください。🙇






自分が死んで棺に入れられるとき
なんの服を着よう?

それは何十年後かの話だから
いつか決めればいいと思っていたけど
本当は明日かもしれない。

だったら、今日の時点で今の私が着たい服を一度確定させる必要がある。
それがつまり制服ってことなんだなあ、としみじみ思った。


祖母が亡くなった。
突然のことだったけど、高齢だったし、施設に何年も入っていたし、病気もしていたので、覚悟のようなものはあったと思う。(老衰だった)
ただ、最期を看取ることになるとは思っていなかったので、少し動揺した。

看取ったあとに、施設の人から
「なにかお気に入りのお洋服があれば持ってきてください」と言われ、
私は自分が棺に入れられるときに着る服について考えた。

まず、今の時点で100%後悔しない制服はないなあ、という気づき。
それでも今の時点で選ぶのであればこの制服だろう、という覚悟。

満足せずにどこまでも自問自答しつづけること
今日の時点で最善の正解を出すこと
この二つは正反対のようだけど、どちらもしなくてはならない。

そして、制服を決めるだけでは不十分であるということ。
私の制服はこれです!と声をあげておく必要がある。
死んでからは伝えることができないから。
もし、勝手に思い込みで自分が思っていなかったような服が選ばれたら嫌だ!と強く思ったので、どこかにこれからは残しておきたいと思った。


祖父母は仕立て屋を営んでいたので
祖母のワードローブは自分でつくった服がたくさんあった。
家のクローゼットを開けて
「さて、どれを着たいのだろう」母とあれこれいいながら決めた。
祖母がどの服を着たかったかは、わからない。

祖母は満足してくれただろうか。
「もっと着たいのがあったけどまあ及第点ね」くらいのものは選べたと思う。


そして選ばれなかったお洋服たち。
自分ではまったく選ばないような色や柄だったけれど
なぜか似合うという確信があったので、試しに着てみることにした。

紫と緑の模様のワンピースは
まるでヴィンテージドレスのように見え
ドレッシーにもカジュアルにも着こなせそうだった。
肩幅は少しだけ大きかったけど、丈感はばっちりだった。
こんな模様の服、着たことない。
でも、無地のワンピースを着ているときより私らしいと感じた。

緑のチェックのジャケットは
私のコンセプトにぴったりだった。
かちっとしているけど、遊び心もある。
こんなジャケットも手に取ったことはないけど、しっくりきてしまった。

そして遺影の写真を決めるのに昔のアルバムを見ていると
幼少期の自分が着ている服で「いいな」と思う服が何着かあった。
どれも大きめの柄だったことに驚いた。

私は柄が着たいのだろうか。
まだ、わからない。
だけど無地の服ばかり着ている自分を白々しくも思った。

もちろん、今は感傷的になっている部分もある。
思い出に寄り添いたい部分もある。
だけど、そういった気持ちを差し引いても
私のこれからの制服に入れてみたい、と思った気持ちを大切にしてみたい。

どこまでも言い訳がましく、保守的な私に
祖母が最期に残してくれたものはびっくり試着だった。
新しく生まれた気持ちを、大切にじっくり観察してみようと思う。

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