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「若い人に来てほしい」が失敗する理由〜公演企画のための広報と言葉の設計〜

文化事業や公演企画の会議で、よく聞く言葉がある。

「若い人に来てほしい」

この言葉が出た瞬間、現場の空気はちょっと前向きになる。ホールはいつだった新しい層に届けたいし、次世代の観客を育てたい。常連だけでなく、もっと広く開かれた施設にしたい。地域の子どもや学生、若い社会人にも、文化芸術に触れてほしいのだ。けれども、同時にこの言葉は、かなり危うい。

なぜなら、「若い人」という言葉は、あまりにも広すぎて誰のことだかわからないからである。

小学生や中高生は若い。大学生も若い。20代の社会人も若い。
子育て中の30代も、普段の公共施設の利用者層から見れば若いかもしれない。クラシック音楽公演で、後ろから見たら白髪の人しかいないのをなんとかしろ、と言われた日を思い出してしまう。

ひとくくりに若いと言っても、それぞれの生活時間も、情報の取り方も、支払える金額も、文化施設に対する心理的距離もまったく違う。それなのに、まとめて「若い人に来てほしい」と言ってしまう。

こうなると当然、広報も企画も曖昧になる。
誰に届けたいのかが曖昧なまま、チラシを作る。いつもと同じようにSNSを始める。なんかいい感じの割引をつける。親しみやすいコピーにする。写真を明るくする。安易に「初心者歓迎」と書く。

それでは、なかなか来ない。そしてまた会議で怒られる。
「もっとSNSを頑張らないといけないのではないか?」もちろん、そういう面もあるかもしれない。けれどもむしろ、施設側が「誰に、何を、どの言葉で、どの導線で届けるのか」を十分に分解できていないことの方が大きいのではないかと感じている。


「若い人」は、広報対象としては粗すぎる

広報対象としての「若い人」は、ほとんど存在しない。事業の対象として考えるとき、「若い人」という言葉は粗すぎるのだ。

たとえば、次のように分けるだけでも、見えるものは変わる。

  • 小学生

  • 中高生

  • 大学生

  • 20代社会人

  • 子育て世代

  • 地元の若手アーティスト

  • 都市部から移住してきた若い世代

これらを全部まとめて「若い人」と呼ぶと、広報は当たりにくい。

小学生に届けたいなら、本人よりも学校や保護者への導線が重要になる。
中高生なら、部活、塾、友人関係、交通手段が関わってくる。
大学生なら、価格、場所、SNS、友人と共有しやすいかが大きい。
20代社会人なら、仕事帰りに行ける時間帯か、休日の予定として成立するかが問われる。
子育て世代なら、子ども連れで行けるのか、途中退席できるのか、家族分の料金はいくらかが重要になる。

つまり「若い人に来てほしい」と言うとき、本当は誰を想定しているのかの解像度を高めなければ届かないということだ。これを言葉にしないままでは、文化の広報は始まらない。


「来てほしい」と「行く理由がある」は違う

企画制作側が「来てほしい」と思っていることと、相手に「行く理由がある」ことは違う。ここを取り違えると、広報は失敗しやすい。

「若い人に来てほしい」「子どもたちに本物の文化を届けたい」「学生にもっと舞台芸術に触れてほしい」これらは、制作側、施設側の願いである。

しかし、相手の側には相手の生活がある。

部活がある。塾がある。アルバイトがある。仕事で疲れている。子どもを連れて行く不安がある。そもそもチケットの買い方がわからない。何を着て行けばいいのかわからない。ひとりで行くのは不安。知らない演目に数千円払うのは怖い。

つまり、若い人が来ない理由は、「文化に興味がないから」だけではない。

行く理由が見えない。行く手順がわからない。行った後の自分が想像できない。そこにいてよい自分が想像できない。

この状態では、どれだけ「来てください」と言っても届きにくい。以外とここが文化に関わる”若くない人たち”にわかってもらえないことが多い。(実感として)

文化施設の広報で必要なのは、催しの情報を伝えることだけではない。
相手の生活の中に、その催しが入る理由を作ることなのだ。


「初心者歓迎」だけでは足りない

初心者歓迎」「どなたでも楽しめます」「親しみやすい内容です」「気軽にお越しください」

まぁこれ自体は悪い言葉ではない。
けれども、これだけでは全然届かない。

なぜなら、初めて来る人は、自分が何を不安に思っているのかを、はっきり言葉にできていないことが多いからである。

どこでチケットを買えばいいのか。何分前に行けばいいのか。途中で出てもいいのか。拍手のタイミングはあるのか。服装はどうすればいいのか。子どもが声を出したらどうなるのか。一人で行っても浮かないのか。

こういう不安に対して、初心者じゃない人の想像力は驚くほど低いのが現状だ。「初心者歓迎」だけでは少し弱いことを改めて強く言っておきたい。必要なのは、歓迎の言葉ではなく、具体的な安心材料である。

たとえば、

初めてクラシックを聴く方にもわかりやすいよう、開演前に10分ほど作品の聴きどころを紹介します。

服装は普段着で大丈夫です。仕事帰りや学校帰りにもお越しいただけます。

公演時間は約60分です。初めての方にも参加しやすい短めのプログラムです。

チケットの購入方法がわからない場合は、お電話でもご案内します。

こう書くだけで、「気軽に来てください」が具体的になる。

文化施設に慣れている人は、会場に行くまでの手順を知っている。
しかし、慣れていない人にとっては、手順そのものが壁になる。
広報では、催しの魅力だけでなく、来場までの不安をほどく言葉が必要である。


SNSを始めれば若い人が来る、わけではない

それから最近では、「若い人に来てほしい」となると、すぐにSNSの話になる。

Instagramをやろう。Xで発信しよう。
TikTokも必要ではないか。動画を作ろう。若い人はチラシを見ないからSNSだ!と割とすぐに言いがちである。
もちろん、SNSは重要だ。
ただし、SNSを始めればすぐに若い人が来るわけではない。

SNSは、万能な集客装置ではない。関係を作るための場所である。

公共ホールや文化施設のSNSがうまくいかない理由の多くは、投稿が「告知」だけになっているからである。「何月何日に公演があります」「チケット発売中です」「残席わずかです」

もちろんこれらも必要な情報である。
しかし、これだけでは、その施設にまだ関心のない人には届きにくい。

SNSで本当に必要なのは、告知より前の関係づくりである。なぜなら、その人はまだ、その催しに行く理由を持っていないからだ。

このホールはどんな場所なのか。初めて行っても大丈夫なのか。
どんな客席なのか。終演後はどんな雰囲気なのか。周辺には何があるのか。
出演者はどんな準備をしているのか。なぜこの企画をやるのか。

そうしたことが積み重なって、初めて「行ってみてもいいかもしれない」という気持ちが生まれる。

若い人に来てほしいなら、SNSに必要なのは若者言葉でも、流行っているミームの模倣動画でもない。
必要なのは、文化施設に入る前の不安を減らし、行く理由を丁寧に少しずつ作ることである。


「安くすれば来る」とは限らない

若い人に来てほしいとき、学生割引やU25割引、無料招待を考えるだろう。もちろん価格を下げることは、有効な場合がある。
特に学生や若い社会人にとって、チケット代は大きなハードルになる。ただし、安くすれば必ず来るわけではないと声を大にして言いたい。

無料でも来ないものは来ない。500円でも、自分に関係がないと感じれば来ない。逆に、数千円でも、行く理由が明確であれば来る人はいる。

価格は、来場のハードルのひとつである。
しかし、唯一のハードルではない。

チケットを買う人にとって重要なのは、価格だけではなく、

  • その時間を使う理由があるか

  • 一緒に行く人がいるか

  • 一人でも行きやすいか

  • 会場まで行きやすいか

  • 内容が自分に関係あるように見えるか

  • 失敗した買い物にならない安心感があるか

である。安くすることは、入口を作る方法のひとつではある。
しかし、入口は価格だけでは作れない。

必要なのは、価格、時間、内容、導線、安心感をセットで設計することなのだ。

余談になるが、今年の香川第九実行委員会の新規募集で、あるひとつの新しい広報と安心材料のセットを展開した。これが大変効果的だった。この秘訣については今後まとめていきたい。


「チラシをばら撒いた」は、届いたことではない

また、さらに公演の広報では、よくこんな話が出る。

「学校にチラシを配りました」「公共施設に置きました」「お店に置かせてもらいました」もちろん、どれも必要な作業である。

しかし、それは「届けた」ではなく、「出した」に近い。

広報で大切なのは、出したかどうかではない。
届いたかどうかである。

学校に配ったチラシは、誰の手に渡ったのか。
先生が配ったのか。子どもが持ち帰ったのか。保護者が見たのか。
ランドセルの底でアコーディオン化したままなのか(男子によくある)。

公共施設に置いたチラシは、誰が手に取ったのか。いつもの利用者だけではないのか。そもそも若い人がその施設に来ているのか。
ここを見ないまま「広報しました」と言ってしまうと、改善ができない。

広報は、配布枚数ではなく、到達経路で考えた方がいい。

誰に届けたいのか。その人は普段どこで情報を得ているのか。誰から勧められると動きやすいのか。どのタイミングなら予定に入れやすいのか。どの言葉なら自分ごとになるのか。

ここまで見て初めて、広報設計になる。


若い人に来てほしいなら、若い人を雑に扱わないこと

「若い人に来てほしい」という言葉には、希望がある。

文化施設を次の世代に開きたい。客席を固定化させたくない。地域の子どもや学生にも、文化に触れてほしい。公共ホールを、一部の常連だけの場所にしたくない。その思いは、とても大切である。

けれども、その思いを本当に形にするには、「若い人」という言葉を一度疑った方がいい。
若い人は、ひとつの集団ではない。
生活も、時間も、情報環境も、支払える金額も、文化施設への距離も違う。

だから、必要なのは「若い人向け」という雑な看板ではない。

誰に届けるのか。なぜその人に届けるのか。その人はなぜ来ないのか。何が不安なのか。どの言葉なら届くのか。どの導線なら実際に動けるのか。来たあと、次にどうつながるのか。

そこまで考えることが、広報であり、事業設計である。

「若い人はSNSでしょ」
「若い人は安ければ来るでしょ」
「若い人向けにポップにすればいいでしょ」
「若い人は難しいものが苦手でしょ」

そういう決めつけから、少し距離を置こう。

その人たちの生活を想像する。想像できなければ若い人に聞こう。不安も想像しよう。時間を想像してみたら何がわかるだろう。お金の使い方を想像できるだろうか。一緒に来る人を想像すると何が見えるか。
ひとりで来る勇気を想像して、何をしなければいけないかわかるか。
知らない場所に入る緊張を想像すると、もうそれだけで賛辞を送りたくなる。

文化施設の広報は、情報を届ける仕事である前に、人の生活を想像する仕事である。
そして、その想像の精度が上がったとき、
「若い人に来てほしい」という曖昧な願いは、
「この人たちに、この入口を作る」という具体的な設計に変わる。

そこから初めて、文化施設は次の世代に開かれていくに違いない。


音楽業界データとしても。

この本では、「若い人は本当にクラシック音楽を聴きにきていないのか」という根本的な現実について、データで解説しています。


<お仕事のご相談について>

自治体文化事業、公共ホールの事業設計、文化施設の広報・評価に関する企画レビュー、研修、顧問のご相談を承っています。

特に、次のような課題に対応しています。

  • 「若い人に来てほしい」という曖昧な課題を、具体的な対象設定と広報設計に落とし込みたい

  • 文化施設や公共ホールの広報文を、初めて来る人にも届く言葉へ整えたい

  • チラシ、SNS、事業紹介文、報告書の言葉を見直したい

  • 事業の目的と広報対象がずれていないか、外部の視点でレビューしたい

  • 音楽事業、公演企画、録音制作、広報設計を、社会に説明できる形へ再構成したい

文化事業の価値は、現場ではすでに感じられていることが多いものです。
必要なのは、それを対象者に届く言葉、予算に接続できる言葉、次年度に残る言葉へ翻訳することです。

単発の企画レビュー、広報文の添削、職員研修、講演、数か月単位の伴走支援まで、内容に応じてご相談を承ります。

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