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避暑と東京都の水がめである小河内ダムの歴史を学びに、どこかに潜む熊の存在にビビりながら奥多摩湖を訪問【2026年8月 奥多摩湖散策記 前編】

こんばんは、Yuu(ゆう)です。

2026年8月2日(日曜日)、私は青梅線の青梅駅にいます。と言っても電車でも自転車でもなく、車でここまで来ました。

車の温度計を見ると気温が37度というこの暑さ。しかも午後から雨が降るという予報なので、今回は雨が降る前に車で奥多摩湖に行って、少しでも涼しい思いをしてこようと決めたのでした。それでは出発しようと思います。

青梅駅を出てから約50分で、奥多摩湖に到着しました。去年のGW以来でしょうか。この時は時間の都合で見られていなかったので、今回はじっくり見て行こうと思います。

ちなみに前回、奥多摩湖を訪問したときの記事、私がnoteを始めてまだ初期の時のものなのですが、よかったらご覧いただければと思います。

車を降りる前に、車の外気温計を見ると、気温が29度になっていました。私の自宅付近や青梅駅にいた時に比べれば、天国ですよ。

さて、これからじっくり奥多摩湖を散策していきましょうか。

とその前にトイレに行きたくなっていたので、行っておくことにします。トイレは近くにないので奥多摩水と緑のふれあい館にあるのを利用すればいいか。

トイレに行ってきたので、散策を再開します。これは都民の水を守る水道水源林の碑。平成13年(2001年)に当時の東京都知事、石原慎太郎氏のメッセージとして書かれています。明治34年(1901年)に東京府(現在の東京都)が多摩川の水源を守るために、水道水源林の管理を始めて100年とのこと。当時から森の大切さに気付いていたんですね。

道路を渡って、奥多摩湖に向かいます。先ほどの奥多摩水と緑のふれあい館は後で見に行こうと思います。

道路を渡って少し歩くと湖底の故郷と書かれた碑があります。この碑の文字は当時の都知事であった東龍太郎氏により書かれたもの。湖底の故郷というのは奥多摩湖の底に沈んだ旧小河内村をテーマにした歌。この碑の裏面を見てみましょう。

裏面には歌詞が書かれています。作詞家の島田磬也氏による作詞で昭和12年(1937年)に東海林太郎が歌う曲として発売され、ヒットしたそうです。小河内ダムと奥多摩湖が出来た裏で、こうした昔住んでいた人の犠牲があったというのを忘れてはいけないですね。

湖底の故郷のそばにはこんな日時計のようなものがあります。人間日時計というそうで、人が立って日時計の体験ができるようになっております。その奥には小河内ダムの説明が書かれております。

湖底の故郷を見たところで、ダムを通って、奥多摩湖の対岸に向かいます。

歩いていると小河内ダムの歴史が書かれた小河内ダム概要の案内板が立っていました。小河内ダムは大正15年(1926年)、大東京実現を予想し、水道100年の計画を…」と要望した東京市会決議が、小河内ダム建設のきっかけで、昭和13年(1938年)に起工し、太平洋戦争による工事の中断もありましたが、昭和32年(1957年)に完成し、現在も東京都の貴重な水がめの役割を果たしています。

案内板を見たところで、湖の対岸に向かいます。余水吐水門という奥多摩湖の水門を通ります。小河内ダムは余水吐水門と堤体が分かれている特徴的なダムでもあります。

余水吐水門を渡りました。渡った後の奥多摩湖の眺めはこんな感じで、湖の奥までとはいかないものの、遠くまで見渡すことができます。

小河内ダムの堤体の入口まできました。ここにも小河内ダムの概要の案内板があります。先ほどとは違って、ここでは小河内ダムの全景図と原水の流れとその説明があります。これは読んでおくことをおすすめします。

堤体の上を歩いています。堤体の上から下を眺めるとこれがかなりの高さなんですよ。高所恐怖症の人は見ない方がいいかな、これは…。

歩いていると展望塔の入口があったので入ってみましょう。

展望塔の2階が展示室で、3階が展望室となっています。展望塔からだと、先程の堤体と比べ、より高い位置から景色を眺めることができます。

展望塔で景色を眺めてきました。入口で東京にもクマはいます!というチラシがあったのでもらってきました。裏面には注意書きがあります。この奥多摩湖付近は出るんですよ。そして犠牲者もいます。気をつけねば。

対岸まで渡ってきました。ドラム缶浮橋コンクリートバケットがあります。

浮橋は麦山と留浦(ともに奥多摩湖にある地名)に架かっていて、ダム建設に伴い、湖底に水没した対岸との通行路の代わりとして設置されました。

コンクリートバケットはコンクリートを運搬するための容器で、小河内ダムの建設で実際に使われたものだそうです。

ドラム缶浮橋とコンクリートバケットの展示のすぐ近くに階段があるので登ってみましょうかね。

階段を登ると広場になっています。紅葉の時期だときれいだったりするのかな。そんな感じの広場でした。

そしてここにも熊に関する貼り紙が貼ってあります。熊出没マップで見てわかってはいたのですが、怖いですね。熊が出ませんように…。

階段を降りて歩いていくと、慰霊碑があります。小河内ダムの建設の時の犠牲者の慰霊碑となっております。小河内ダムはこうした犠牲の上で完成しています。

対岸にあるドラム缶浮橋とコンクリートバケットと慰霊碑を見たので、車をとめたところに戻っていきます。

奥多摩水と緑のふれあい館まで来ました。これから中に入ってみましょう。

中に入ってみたものの、人が多いので中での撮影は断念。展示の内容としては、奥多摩の人々の生活のことと水道水源林、小河内ダムについてがメインでしたね。

駐車場まで戻ってきました。車まで戻りますか。

駐車場には、サイクルラックもあって、スタンドのないロードバイクもちゃんと停めるための場所も用意されております。

次回は小河内神社に行って、帰り道でJR青梅線の奥多摩駅と奥氷川神社を見て行こうと思います。

今日はこのへんで。ではまた次回。

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