【note】気まぐれに投稿した反応を楽しむ実験をしている
noteで投稿するようになって、もうちょっとで30日になりそうというところまでやってきた。
ここまで、記事の方向とか、ジャンルとか、ちょっと書いたりがっつり書いたり、基本気まぐれなスタンスでやってきている。
ただ、気まぐれだからこそ見えたものがあるなと思っていて。
noteのアクセス状況でわかるビューの数は、インデックスだけ表示された数も含まれているので正確なページビュー数がわかるものではない。
だけど、記事ごとに比較するものだと考えたらそれなりの目安になる気はする。
そして、「スキ」は記事を見ないとつけられない(完読せずともつけられるけど)ので、これもこれである程度の目安にはなるのだろう。
あくまで今のところは…という前置きはつくけれども、なんとなく書いてきた内容によって反応が違ってきたような気がしてきている。
例えば、noteのことについて書いた記事は、ある程度反応はあるけれど、爆発力みたいなものはない気がする。
ゲームの記事は、旬のゲームでうまく検索上位に載せられたりSNSで話題になればビューの数は伸びるかもしれないけれど、そうでないゲームは独自の切り口みたいなのがないと微妙そう。
ほとんど書けていないお出かけ系の記事は、予想以上にビューが伸びなかった。
note初期に書いた、タイトルが抽象的になっていた某記事はスキの数は悪くないけど、ビューが全然伸びていない。
もちろん、あくまで現時点のアクセス状況を見てみて思ったことなので、この先はまた考えが変わるものがあるかもしれないし、ないかもしれない。
そもそも、根っこには反応みたいなものを気にせず、好きなことを気まぐれに書いていくぞ的思想がある。
だから反応がいいからいっぱい書こう!とか、反応悪いからもう書かないでおこう…みたいなつもりは、さらさらないのだけども。
ただ、こういう記事を書くとこういう感じの反応になるんだな〜みたいな実験をしている気持ちになると、仮に反応が今ひとつだなと思っても、一つのデータが取れたんだなくらいの心持ちでいられる。
正直なところ、noteはスキの数が自分の記事にも他人の記事にも表示される、考えようによっては残酷な世界だ。
私と近い時期にnoteを始めたらしき人の投稿がホームに表示されることもあって、その気になれば比較し放題の環境になる。
がっつり調べたりはしないけど、いわゆる「上の人」こそよく視界に入ってしまいがちで、そうなると自分のスタンスに迷いが出そうになることはある。
そして、その「上の人」の投稿を見てみたりすると、ブログと同じようにnoteだってある程度投稿するジャンルとか方向性が絞り込まれている方がいいんだとは思うんだよね。
ひたすら思いついたことを雑多に書いている私のnoteは、反応的な意味においては多分よろしくはない。
でも、こうやって色々なことを書いてみて、さまざまな反応があることを確認できるのは雑多に書いているからこそかな?なんて、なんとなくポジティブに思ってみることにした。
「反応みたいなものを気にせず、好きなことを気まぐれに書いていくぞ的思想」とか書きながら気にしてるの丸出しなので、まだまだ修行が足りてない証拠だな。
実験しながら反応を確かめるのはゲーム感があって楽しいけれど、過度に気にしないようにすることも大切ね。
