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冷たい手

父が亡くなったその日の夕方、
葬儀屋さんが来ました。

葬儀の日程を相談して、
父も翌日には家を出て、
葬儀場へ向かうことになりました。

その間に納棺師さんは、
父の身支度を整えてくれました。

胸の前で手を組み、
見えない所へドライアイスを入れ、
旅立ちの準備をしてくれました。

エンゼルケアと呼ばれる死後処置は、
亡くなってから死後硬直が始まるまでの短い間に急いでしないといけないのですが、「家族は見ない方がいい」と、
一旦退室をお願いされたので、
私は自宅へ、他全員が隣の弟の家に待機しました。

ただ、一つだけ困ったことがありました。

「終わりました」
と言われて家に戻った時には、
父は別人のような顔になっていました。

看護師さんと孫たちが、
父にしてくれた化粧を、
納棺師さんがやり直してしまったのです。

せっかく、
みんなで
「じいちゃん可愛くなったね」
と話していたのに、

思わず、

「誰?」

と思ってしまうほどでした。

その場では、綺麗にしてもらったねとか、舞台役者みたいとか
みんなが言うのですが、

私は違和感しかなく、
嫌だと思っていたけれど、

それを言っていいか分からず、と悶々としていました。

でも、やっぱり言おうと、
意を決して母に伝えると、

「もうやり直しをお願いしたよ」
と母があっさり言うので、

なんだ。言っても良かったのか、
と拍子抜けしましたが、ホッとしました。

最後に誰かわからないような顔の父を見送るなんて、やっぱり嫌だったのです。

そのあとすぐ納棺師さんがやってきて、結局、
もう一度やり直してもらいました。

最初の化粧のままにして下さいと、
言えばよかったのです。

でも、
初めてのことで、
化粧をし直すとは思いませんでした。

やり直して、父の顔に戻りました。

父は、
紫色の敷物の上に寝かされていました。

布団の下には、
たくさんのドライアイスが入っていました。

私は父の手に触れました。

氷のように冷たくなっていました。

毎日、
その手をさすった事。
変わるがわるみんなで手を、足を
揉んで温めた事。

色んな事が頭に浮かびました。

もう、
この手は温かくならない。

そう思った瞬間、
声を上げて泣きたくなりました。

でも、
私は泣きませんでした。


母はほんの少し泣いたけど

他に誰も泣いていなかったと思います。

みんな、
精一杯、
父と向き合ったから。

後悔は今でもありません。


またね。

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