閉店30分前に鳴る電話 〜占いの現場から〜
大雨の日だった。
カフェの
いつもの閉店時間30分前。
雨脚が強くて、
今日はもうお客さんも
来ないだろうな…と思いながら、
私はカウンターの中で
片付けを始めていた。
そのとき、電話が鳴った。
「はい——」
プツッ、ツー、ツー…
出た瞬間、切れた。
雨の日は、
こういうことがわりとある。
回線の不調かもしれないし、
営業電話がかかってくることも多い。
特に気にせず、
「まあ、そんな日もあるか」
と思った。
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また翌週。
この日も、
閉店30分前だった。
朝から少し体調が悪くて、
無理せず
早めに閉めようか…と迷っていた。
そこに電話が鳴った。
「…まだ開いてますか?」
「すみません、
今日はもう終わりなんです」
そう伝えると、
向こうは少し間があって、
「……そうなんですね」
とだけ言って切れた。
声は落ち着いていて、
急いでいる様子も、
残念そうな感じもなかった。
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さらに別の日。
同じく、閉店30分前。
電話に出た瞬間、
なぜか
(この前の人かもしれない)
と思った。
「…開いてますか?」
「まだ少し開いてますよ。
えっと、占いをご希望ですか?」
少しの沈黙。
「……あ、いや
また、ちょっと考えてみます」
声は、
だんだん小さくなっていった。
しつこくしても
いけない気がして、
それ以上は追わず、私は電話を切った。
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また翌週。
同じ時間に、
確かに電話は鳴っていた。
でも、
そのときは占い中で、
出られなかった。
それから、
電話はかかってこなくなった。
私は…というと、
忙しさに紛れて、
そのこと自体、
いつの間にか忘れてしまっていた。
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それから、
どれくらい経っただろうか。
しばらくして。
カウンターに座った
常連のお客さんが、
コーヒーをひと口飲んでから、
思い出したように話し出した。
「そういえばね……
ここ数ヶ月、連絡ないなあ…
って思ってた子がいて」
私は、
カップを拭く手を止めて、
耳を傾ける。
「そしたら、
先週いきなり
その子のお母さんから
『亡くなりました』って連絡が来て。
…なんだか、辛くて」
「……そうでしたか」
「何か悩んでたのかなって、
気になってしまって」
私は、小さくうなづいた。
お客さんは
少し間を置いてから、続けた。
「ずっと前、
その子に、
ここの占いの話を
したことがあって……
『今度行ってみたいな』って、
言ってたんですよ」
そして、
少し迷うように黙ってから、
「……その子、
ここに来ましたか?」
私は一瞬考えてから、
首を振った。
「……いえ、どうだったか…
ちょっと分からないです…ね」
そう答えながら、
なぜか、
あの電話のことを思い出していた。
閉店30分前。
雨の日。
体調が悪かった日。
消えそうな小さな声。
それが、
同じ人だったのかどうか。
その人だったか、
確かめることは、できないけど。
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その話を聞いた日の夜。
カフェを閉める準備をしながら、
私は何度か、
無意識に
電話のほうを見ていた。
電話は、鳴らない。
それが少しだけ、寂しくて、
少しだけ、ほっとする。
もし、
また同じような電話が
かかってきたら。
そのときは、
「開いてますよ」
って言えたらいいな。
そんなことを、ぼんやり考える。
そろそろ閉めようか、と
ドアのほうへ向かった、
そのとき。
カラン、と音がして、
ドアが開いた。
走って来たのだろうか、
少し息を切らした
常連さんだった。
「出張帰りでね」
そう言って、
小さな紙袋をカウンターに置く。
「コーヒー飲みたくなって。
それと、
ママさんの顔も見たくて」
ほんの冗談みたいに言った、
その一言で、
胸の奥が少しゆるんだ。
電話は、鳴らなかった。
でも、
閉店30分前は、
こうして誰かが
来てくれる時間でもある。
私はいつも通りに豆を挽き、
カップを温め、
コーヒーを淹れた。
それだけのことなのに、
なぜか、
この場所を続けていてよかったな、
と思った。

※実際にあった話をもとにしてますが、プライバシーに配慮し、特定されない形で再構成しています。
