【エッセイ】「ひとり」と「ふたり」
アルバイト先にお腹の大きな方がいた。
赤ちゃんがいるのだ。
この仕事は重いものを持つ機会も多いから
心配だったけど、みんなが気にかけて
コンテナを代わりに運んだり、負担の少ない仕事を
してもらったりしていた。
いまこの方はひとりじゃなくてふたりなんだ、と
思うと、妊娠というのはふしぎで、神秘的だった。
そのうち、その方は産休に入られた。
そして先日、産休があけた彼女の出勤日だった。
わたしはとてもとてもうれしくて、同時に迷った。
ただのアルバイトのわたしは、彼女ととくべつに
親しかったわけではない。
ほんとうにただ黙々と仕事をするだけだった。
だから彼女の赤ちゃんが無事なのかどうか、
彼女自身のからだはだいじょうぶなのか、
もし無事に産まれていたとしても
産後鬱とかもあるし、長く出血が続くひともいるし
だから何と声をかけていいかまるでわからなかった。
おめでとうございます。
それだと無事に産まれた前提だ。
お疲れさまです。
若造のくせしてなんだか偉そうだ。
ぐるぐる悩んだ挙句、
わたしは終業時間になってやっと
「またお会いできて、一緒に働けてうれしいです」
とだけ伝えた。
たくさん考えるのがわたしの長所だ、と
言ってくれるひとがいる。
考えすぎて動けないわたしには
ありがたすぎる言葉だ、としみじみ思う。
ただそれはそのひととふたりの間柄のなかで
発生する長所かもしれなくて
あるひととの間では短所にもなりうる。
(実際これまでの人生で何度も「考えすぎだよ」と
言われてきたのだ)
ひととひととの間っていうのも不思議だ。
妊婦さんは赤ちゃんと臍の緒で繋がっていて
お腹のなかにいるんだから間とかは存在しないのに
でももう間柄みたいなものは形成されている。
妊婦さんは「ふたり」だけど「ひとり」で
「ひとり」だけど「ふたり」だ。
この話にオチはない。
まだ悩んでいるからである。
そんな日があってもいい、と思った。
