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楽しませようとしない私でいたら向こうからやってきたプレゼント。

家族旅行なのに、
なぜかわたしは疲れます。

楽しいはずなのに、
ずっと気を使ってしまう。

楽しませないと。



家族と出かけると
いつもこの気持ちがじんわりと
心に染みていました。

この日は三年ぶりの家族旅行。
いつもは夫婦ふたりの、気楽な旅。

だから久しぶりの「家族みんなで」の時間に、
どこかで身構えている自分がいました。


「話題をふらなきゃ」
「楽しませないと」

家族4人で出かけるといつも

⚫︎会話が止まらないように気を配る
⚫︎子どもたちが楽しんでるか様子が気になる
⚫︎空気が静かになるとそわそわする
⚫︎自分より家族の機嫌を優先する

そんなことを無意識にしていました。


家族といるのに
なぜか変な力が入ってしまう。

そんなことはないですか?
なんでだろう。
私は何年もそうでした。




でも今回は、違ったんです。

「楽しくなかった」
のではなく

「楽しいね」を
家族にも

そして自分にも
強要しないわたしがいました。


無理に明るくしようとも思わないし、
無理に空気を整えようとも思わない。


感情がいたって普通。

ただ、そこにいるわたしがいました。



盛り上げなくても
気を使わなくても


わたしはわたしのペースで
この家族の時間を静かに味わっている。



その日の終わりに
思いがけないあの出来事が待っているとも
知らずに。



その夜
夕食から戻り

部屋でくつろいでいると、
突然、窓の外に大きな花火が上がりました。



花火があるから、
このホテルを選んだわけじゃない。

部屋の向きによっては全く見えない。

わざわざ見に行ったわけでもない。

19時半からたったの5分。



ただ、今いる場所に
向こうからやってきた光。


夜の水面に映る光と、
鼓膜とお腹に響く音。

その振動が、


楽しませようとしないわたしも。
うまく立ち回れないわたしも。
感情がふつうのわたしも。



丸ごとそのまま受け止めてくれているように
体全体で感じました。




4月の夜空に突然打ち上げられた
たった5分間だけど心に刻まれた花火。

特別なプレゼントをもらった気分でした。

そしてそのプレゼントを
ちゃんと受け取れているわたしがいる。




小さなわたしと仲直りをしてから、
何かを追いかけたり、取りに行くよりも、

出来事のほうからやってくる感覚。


あぁ、私はもう母でも妻でもなく
わたしを生き始めてる。」

私はわたしの人生を楽しんでいい

ずっと消えない花火の余韻の中で
やっと自分に言えた家族旅行でした。


頑張らなくても
そこにいてくれるだけでいい。

無理に空気を整えなくても
味わえる時間はもうそこにある。


私から届けたい言葉は

「あなたはあなたのままで
そこにいていいんです。」


50歳になって初めてみた花火を
きっとわたしは忘れない。


優花


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