期待するな!! 第4章
第4章:自分への期待も手放すことで優しくなれる
「もっとしっかりしなきゃ」
「まだまだ努力が足りない」
「こんなはずじゃなかったのに」
誰かに言われたわけでもないのに、ふとした瞬間、自分を責めるような言葉が頭に浮かんでしまうことはありませんか?
他人への期待と同じように、自分自身にも知らず知らずのうちに大きな期待をかけていることがあります。
そしてその期待が、プレッシャーや自己否定の原因になっていることに、気づけないまま日々を過ごしてしまうのです。
期待は、時に重荷になる
「もっと家事を効率よくこなせるはず」
「子育ても上手くやれたはず」
「もっと人に優しくできるはずだった」
そんな“〜のはずだった”が積み重なると、「今の自分はまだ足りない」という感覚がつきまとい、自分に厳しくなってしまいます。
これはまるで、登山中に山頂にばかり目が行き、道端に咲いている花や、すれ違う人との挨拶を見逃してしまっているようなものです。
頑張りすぎると、今すでに手の中にある幸せに気づけなくなるのです。
「本当によくやってるよ」と言えてますか?
他人に対しては「そんなに頑張らなくていいよ」「無理しないで」と言えるのに、
自分には「もっとやらなきゃ」「これじゃだめだ」と言ってしまう。
でも、誰よりもあなたを励ますべきなのは、他の誰でもない、あなた自身です。
できなかったことを責めるよりも、
「今日もよくやったよ」
「疲れてるけど、ちゃんとごはん作った」
「休もうと思えた自分、えらいよ」
そんなふうに、自分自身のがんばりをちゃんと見て、ちゃんとねぎらってあげることが、本当のやさしさなのです。
仏教が教える「無知」という苦しみの根
仏教では、こうした「本来必要のない苦しみ」を生み出すものを「無知(むち)」と呼びます。
ここで言う“無知”とは、知識がないことではなく、「ありのままを見られないこと」。
理想の自分や過去の自分と比べて、今の自分を否定してしまう視点のことです。
「前はできていたのに」「あの頃の自分に戻りたい」
──そう思うたびに、今の自分が否定され、無意識のうちに自分を苦しめているのです。
頑張らないとダメなわけじゃない
50代、60代と人生の節目に差し掛かると、これまでの生き方を見つめ直す機会も増えてきます。
周りの人からは「よくやってるよ」と言われても、心のどこかで「まだまだ」「もっとできるはず」と、自分に対してだけ厳しくなってしまう──
そんなこと、ありませんか?
でも、仏教はこう言います。
「今のあなたに、必要なものはすでにすべて揃っている」
不足を補うのではなく、今ここにあるものを味わう視点が、心を穏やかに整えてくれるのです。
自分の変化を受け入れるということ
以前よりも体力が落ちた。
集中力が続かなくなった。
前のようには動けない。
そんな変化を受け入れるのは、時に少し寂しく、悔しいものです。
でも、変わったからこそ見える景色もあるはずです。
無理せず自分をいたわることや、人の優しさに気づくこと、自分の中の柔らかさを大切にできること──
どれも、変化の中でしか得られない、大事な心の財産です。
実体験を通して思うこと
私には、真面目で責任感が強い子どもがいます。
小学生から高校まで、学校を休んだ日数は10日もなかったと思います。ズル休みなんて考えたこともないようで、その姿勢には親の私でも感心してしまうことがあるほどです。
でも、そんな子が私に対して「〜してくれない?」と頼んでくることがあります。
こちらが忙しいときには「〜やって!!」と少し強めに頼むのですが、そんなときに限って「ヤダ!」と即答で返ってくるのです。
最初は「そんなにすぐ断るなんて…」と驚きましたし、なんとなく責めたくなる気持ちがありました。
でも、後になって理由を聞いてみると、本人なりの都合や考えがあることがわかる。
そして私は気づいたのです。
「いつも私がやらなければならない」と、自分で自分を縛っていたということに。
頼まれたら断ってはいけない。家のことは私がやるべき。
そんな思い込みを、子どもの「ヤダ!」というシンプルな反応が、見事に打ち壊してくれました。
それからは、私も見習って「やりたくないことは、やらない」とはっきり言えるようになりました。
そして、自分で自分を責めることも少しずつ減っていったのです。
心が、とても軽くなりました。
「ちょうどいい自分」を認めてあげよう
うまくできない日があってもいい。
気分が上がらない日があっても構わない。
頑張れない日も、休んでいい。
「今日はここまでできた」
「今の自分にはこれがちょうどいい」
そう思えることは、妥協ではありません。
それは、自分に対する本当の優しさです。
期待をゼロにしなくていい。ただ、縛られないで
「期待をやめる」と聞くと、まるで何も望まないような冷たい印象を持たれるかもしれません。
でも、仏教が教えるのは**極端を避ける「中道」**という考え方。
期待を完全に消すのではなく、強すぎる期待に自分を縛られないようにすることが大切なのです。
今日という日を、自分らしく過ごせたなら、それだけで十分。
他人だけでなく、自分にもやさしくなることが、「期待しない」生き方の本質なのかもしれません。
