「いい会社」の定義が、30代になって全部変わった
【シリーズ:働き方と家族のリアル 第2話】
20代の頃、私にとっての「いい会社」はシンプルだった。
給料が高い。ブランドがある。成長できる環境がある。
それだけだった。それだけで十分だと思っていた。
でも30代も半ばに差し掛かって、転職活動を改めてやり直したとき、求人票を見ながら気づいた。「この会社、いいな」と思う基準が、10年前と丸ごと変わっていることに。
20代の私が「いい会社」に求めていたもの
就活の頃は、会社名で選んでいた。正直に言えば、それだけだった。
知名度があって、同期に自慢できて、給与水準が高い。それが「勝ち組の就職」だと思っていたし、周りもそういう空気だった。
20代の転職でも、軸はさほど変わっていなかった。「年収を上げる」「より大きな仕事をする」「もっと有名な会社へ」。上に向かって移動していくことが、正しいキャリアだと信じていた。
最初にひびが入ったのは、父の話だった
30歳を過ぎた頃、実家に帰ったとき、父にぼそっと言われた言葉がある。
「俺、お前が小さい頃の記憶があんまりないんだよな」
父は仕事一筋の人だった。残業当たり前、休日出勤もあった。稼いでくれた。それは本当にありがたいと思う。でも「記憶がない」という一言が、ずっと頭に残った。
自分がそうなりたいか、なりたくないか。そこまで言語化できていなかったけれど、何かが引っかかり続けた。
そして、子どもが生まれた
第一子が産まれてから、すべてが具体的になった。
(このシリーズの第1話で書いたことと重なるが)育休明けに痛感したのは、「時間は取り戻せない」という当たり前の事実だった。
娘の笑顔が変わる速度は、思っていた何倍も速かった。先週と今週では、もう別人みたいに違う。1週間分の変化を見逃したら、その記憶は自分の中には存在しない。取り戻せない。
その現実を前にしたとき、「いい会社」の定義が一気に更新された。
30代の私が「いい会社」に求めるもの
転職活動で求人票を見るとき、今の私がまず確認するのはこんなことだ。
定時で帰れるか。平均残業時間は何時間か。口コミサイトの実態と乖離していないか。
有休が取れるか。取得率が高いかどうか。子どもが発熱したとき、気まずくなく休めるか。
上司が人間らしく働いているか。これは面接で感じ取るしかないが、面接官自身が「昨日定時で帰って子どもと遊んだ」と言えるような職場かどうか。
制度が文化になっているか。育休取得率100%と書いてあっても、男性が1週間も取れていなければ意味がない。数字じゃなく、実態を見る。
年収は、今でもちゃんと気にしている。でもそれは、絶対値じゃなくなった。「この生活水準を維持できるか」という基準になった。
「いい会社」は人によって違う、という当たり前
ここまで書いてきて、あえて付け加えたいことがある。
私が書いてきた「いい会社の定義」は、今の私の話だ。20代で独身の頃の私には、別の「いい会社」があっていい。育児中でなければ、別の軸で会社を選ぶのが正解かもしれない。
ただ、ひとつだけ言えることがある。
「いい会社」の定義は、一度決めたら終わりじゃない。人生のフェーズが変わるたびに、問い直していい。むしろ問い直さないと、自分の現在地と仕事が、どんどんずれていく。
30代の転職活動は、そのことを改めて気づかせてくれた機会だった。
最後に
給料の高さだけを見ていた20代の自分を、否定したいわけじゃない。あの頃の軸も、あの頃の自分には正しかった。
ただ今は、夜18時に家に帰って娘と夕飯を食べられることが、何より「いい会社」の証だと思っている。
年収500万で毎日19時に帰れる会社と、年収700万で毎日21時まで残る会社。
以前は迷わず後者を選んでいた。今は、前者を真剣に検討できる自分がいる。
それが、30代になって変わった「いい会社」の定義だ。
次の話:「子どもが熱を出すたびに、有休を消化していた私が転職した理由」
読んでくれてありがとうございます。同じように感じている方、ぜひスキを押してもらえると嬉しいです。
