無精子症|夫の涙を初めて見た夜
※これは私たち夫婦の体験談です。
医療的な判断は人それぞれ異なるため、治療や検査については必ず医師にご相談ください。
夫が無精子症と診断された日、私は家で、ただ帰りを待っていました。
あの日、私たちが突きつけられたのは、医師から告げられた「無精子症」という現実だけではありませんでした。
わずかに残っていた希望が、思っていた形ではなかったこと。
夫が初めて見せた涙と、「ごめんね」の一言。
そしてその夜、私たちの前に並び始めた、いくつもの選択肢。
この記事では、あの夜に家の中で実際に何が起きたのかを、できるだけ丁寧に書いています。
同じように男性不妊や無精子症で悩んでいる方、診断直後で気持ちの置き場が分からなくなっている方にとって、「自分たちだけじゃない」と思える話になればと思っています。
第1章 帰りを待つ時間は、思っていたより長かった
夫が検査結果を聞きに行ったあの日、私は家で一人で待っていました。
ただ待つだけの日だったはずなのに、その「待つ」ことが、思っていたよりずっとしんどかったです。
外に出れば少しは気が紛れるかもしれないと思ったのに、そんな気分にもなれませんでした。家にいても落ち着かない。だからといって、どこかに行こうとも思えない。何をしていても、頭の中ではずっと同じことが回っていました。
今日、何を言われるんだろう。
どこまで悪い結果なんだろう。
それとも、まだ希望はあるんだろうか。
考えても答えは出ないのに、考えるのをやめることができませんでした。
時計の針が進む音が、やけに大きく聞こえました。普段なら気にも留めない音なのに、あの日は、部屋の静けさを何度も突き刺してくるみたいでした。キッチンに立ってお湯を沸かしても、途中で何のために立ち上がったのか分からなくなる。洗濯物を畳もうとしても、同じ服を手に持ったまま止まってしまう。やることはあるのに、何も手につかないというのは、こういうことなんだと思いました。
あの日までの時間を振り返ると、ずっと「待つ」の連続だった気がします。
病院を探して、予約を取って、説明を受けて、検査をして。そのたびに、何かが進んだように見えて、また待つ時間がやってくる。前に進んでいるはずなのに、気持ちは置いていかれる。身体のことを調べているのに、削られていくのは、むしろ心のほうでした。
検査を受ければ、何かがはっきりすると思っていました。原因が分かれば、少なくとも次に何を考えればいいのかは見えるんじゃないかと、どこかで思っていました。曖昧な不安より、名前のついた現実のほうがまだ向き合いやすいんじゃないかと、そんなふうに考えていたところもありました。
でも本当は、はっきりすることが怖かったのだと思います。
結果を知りたい気持ちは確かにありました。でも、それと同じくらい、知ってしまったら戻れないという怖さもありました。今ならまだ、何も決まっていない場所にいられる。まだ「もしかしたら」が残っている場所に立っていられる。けれど、結果を聞いた瞬間、その場所にはもう戻れなくなる。そう思うと、夫が病院にいる時間が長引くほど、胸の奥が少しずつ重くなっていきました。
スマホを何度も見ました。夫から連絡が来ていないか確認して、来ていないと分かって、また置いて、数分後にもう一度見る。その繰り返しでした。何かメッセージがあれば少し安心できる気もしたし、逆に、短い文面で知らされるのも嫌でした。
「今終わったよ」
「これから帰るね」
たったそれだけでも、そこに何か滲んでいたらどうしようと思っていました。明るく書かれていても無理をしているように見えてしまいそうで、そっけなければ余計に悪い想像をしてしまいそうで、結局、何が来ても落ち着けなかったと思います。
だから、連絡が来ないまま時間が過ぎることにも、意味を探してしまいました。
まだ診察中なんだろうか。
説明が長引いているのかな。
何か、すぐには受け止められない話をされているんだろうか。
そんなふうに考え始めると、どんどん息が浅くなっていきました。
私はあの日、夫が帰ってきたら何と言おうか、何度も考えていました。
「おかえり。どうだった?」
「先生、何て言ってた?」
「大丈夫だった?」
頭の中でいくつか並べてみたけれど、どれもしっくりきませんでした。「どうだった?」は、あまりにもそのまますぎる気がしました。「大丈夫だった?」は、何をもって大丈夫と言うのか分からないのに、軽すぎる気がしました。何も聞かずに迎えるのも違う気がする。でも、何かを聞くこと自体が、夫を追い詰めてしまうような気もしました。
考えて、消して、また考えて、結局どの言葉も使えないまま、私はただ時間だけを見送っていました。
今思えば、あの時点でもう、私は結果そのものだけを怖がっていたわけではなかったんだと思います。結果を聞いたあとの私たちが、どうなってしまうのかが怖かったんです。夫はどんな顔で帰ってくるんだろう。私はその顔を見て、平静でいられるんだろうか。変に励ましてしまわないだろうか。余計なことを言ってしまわないだろうか。黙り込んでしまって、夫を一人にしてしまわないだろうか。
夫のことが心配なのに、自分がどう振る舞うかのことばかり考えている気がして、それもまた苦しかったです。
でも、それくらい、あの日の私は分からなかったんだと思います。何が正しいのかも、何を先に受け止めればいいのかも、全然分かりませんでした。妻として支えたい気持ちはあるのに、支えるって何なんだろうと考え始めると、何も言えなくなる。言葉って、こういうときは本当に頼りないんだなと思いました。
窓の外は少しずつ暗くなっていきました。夕方から夜に変わるだけの、いつもなら何でもない時間なのに、その日の薄暗さは妙に心細かったです。部屋の電気をつけても、落ち着く感じはしませんでした。明るくなったというより、逃げ場がなくなったような気がしました。
私は、結果を待っているつもりでした。
でも本当は、あの日を境に人生が少しずつ変わっていく、その入口の前に立たされていたのかもしれません。
まだ何も聞いていない。
まだ何も言われていない。
それなのに、今までと同じ場所にはもう戻れないような気配だけが、家の中に少しずつ広がっていました。
夫が帰ってきたら、ちゃんと顔を見ようと思いました。
何を言えばいいのかは分からないままでした。
でも、せめて、聞く前に目をそらすのだけはやめようと思っていました。
そうやって覚悟のようなものを作ってみても、すぐに揺らぎました。本当は聞きたくない。今日じゃなければいいのにと思う。もう少しだけ、この曖昧なままでいたいと思う。そんな気持ちが何度も戻ってきました。
待つことしかできない時間は、思っていたより長くて、静かで、残酷でした。
病院にいるのは夫なのに、家で待っているだけの私まで、少しずつ何かを削られていく感じがしました。何もしていないのに疲れる。何も起きていないのに、もう十分つらい。結果を聞く前からこんなふうになるなんて、そのときの私は思っていませんでした。
ただ待つだけの日だったはずなのに。
あの日の私は、帰りを待ちながら、まだ名前のついていない不安に、ずっと飲み込まれそうになっていました。
そしてしばらくして、玄関のほうから、鍵が回る音がしました。
第2章 玄関の鍵の音がしても、すぐには聞けなかった
玄関の鍵が回る音がしました。
その音を聞いた瞬間、胸の奥がひゅっと縮むような感じがしました。ずっと待っていたはずなのに、いざそのときが来ると、心のどこかで「まだ来ないでほしい」と思っていたことに気づきました。もう逃げられないんだ、と分かったからです。
私はできるだけ普段通りの声で言おうとして、
「おかえり」
と声をかけました。
でも、自分の耳に入ってきたその声は、思っていたより少し震えていました。たぶん夫にも分かったと思います。隠したつもりの緊張は、声にいちばん先に出てしまうものなんだなと、そのとき思いました。
夫は「ただいま」と返して、靴を揃えて、上着を脱いで、手を洗いに行きました。
本当に、いつも通りの動きでした。
靴を揃える角度も、洗面所に向かう足取りも、タオルで手を拭くしぐさも、どれも見慣れたものでした。見慣れているはずなのに、その日はひとつひとつが妙によそよそしく見えました。同じ人の、同じ動きのはずなのに、もう朝の夫とは別の人みたいに感じたんです。
何か大きなことがあった日の人は、分かりやすく崩れるものだと思っていました。顔色が悪いとか、言葉が少ないとか、明らかに様子が違うとか。そういう変化があれば、こちらも心の準備ができたのかもしれません。
でも実際の夫は、静かすぎるくらい静かで、いつも通りでいようとしているように見えました。
それが、余計に怖かったです。
たとえば、玄関を開けた瞬間に泣いていたら、私はすぐに「悪かったんだ」と理解できたと思います。逆に、少しでも明るい表情なら、「思っていたほどではなかったのかな」と安心できたかもしれません。でも、そのどちらでもない。感情を表に出さず、ただ日常の動きをなぞる夫を見ていると、結果が良かったのか悪かったのかではなく、「今日、夫はどんな気持ちで帰ってきたんだろう」と、そればかりが気になりました。
私はキッチンのほうに立ったまま、
「お茶飲む?」
と聞きました。
今思えば、その質問に深い意味はなかったと思います。何かを飲ませたかったというより、何か一つ、言葉を出さないといけない気がしただけでした。沈黙に耐えられなかったんだと思います。でも、結果にはまだ触れたくなかった。だから、どうでもいいことを口にするしかありませんでした。
夫は少しだけこちらを見て、
「うん」
と言いました。
その短い返事に、私は少しだけ救われて、同時にもっと苦しくなりました。返事をしてくれたことには安心したのに、その「うん」の中に何が入っているのか分からなかったからです。疲れているのか、話したくないのか、早く本題に入りたいのか、それともまだ少し時間がほしいのか。たった一言なのに、意味を考え始めると止まりませんでした。
お湯を注ぐ音だけが、やけに大きく響きました。
私は湯気の立つマグカップを見ながら、このまま何も聞かずに時間が過ぎればいいのに、と一瞬思いました。もちろん、そんなことはありえません。結果を聞くために今日という日があって、夫はその結果を持って帰ってきたのだから。でも、数分でもいいから、その事実に触れない時間がほしかったんです。
この続きでは、夫が結果を口にするまでの沈黙と、
「無精子症だって」と言われた瞬間のこと、
そして夫が初めて泣いた夜のことを書いています。
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無精子症の夫婦|診断から決断まで
自宅検査から始まった私たち夫婦の、無精子症という診断と、その先の決断までの記録です。 「何を選び、何を手放し、どうやって前を向こうとしたの…
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