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それでも、ふたりで生きると決めるまで|無精子症・TESE・子どものいない人生

ご購入前にご確認ください

本記事は、すでに単品で公開している以下3本の記事を再編集し、ひとつにまとめたものです。

  • 無精子症|夫の涙を初めて見た夜

  • やってみないと分からない、その前で|TESEを迷った夜

  • TESEをやめたあと|無精子症の夫婦が話し合った 精子提供・養子・子どものいない人生

そのため、単品記事をすでにご購入・お読みいただいている場合、内容の一部に重複があります。
あらかじめご了承のうえ、お読みいただけましたら幸いです。

なお、このまとめ版では、単に3本を並べただけではなく、
診断 → TESEを迷う → その後の選択肢を話し合う
という流れで読み通せるよう、全体を再構成しています。
あわせて、最後に書き下ろしも収録しています。

単品版との違いについて

単品版は、それぞれの出来事を1本ずつ切り分けて、その日のことをより詳しく追っている記事です。
その夜の空気や沈黙、会話の温度を、ひとつの出来事として近い距離で書いています。

一方で、このまとめ版は、3本を時間の流れとしてつなぎ直し、
診断の夜に起きたことが、TESEを迷う時間や、その後に残された選択肢の話へどうつながっていったのかを、ひとつの流れとして読めるように再構成しています。

単品版が「その日の記録」に近いなら、
まとめ版は「その時間全体の記録」に近い形です。

そのため、単品版をすでに読んでくださっている方にも、
感情の流れを一本で追えることと、最後の書き下ろしに、まとめ版としての意味を感じていただけたらと思っています。


このまとめ記事について

夫が無精子症と診断された夜、
私は、夫の涙を初めて見ました。

それは、激しく泣くというより、
今までずっと内側でこらえていたものが、
静かにあふれてしまったような涙でした。

その夜から、私たち夫婦の会話は少しずつ変わっていきました。
検査結果の話だけではなく、
治療をどうするのか、
何を希望として持ち続けるのか、
どこで立ち止まるのか、
そして、もし望んだ未来が来なかったとき、
ふたりでどんな人生を生きるのかという話に変わっていきました。

このまとめ記事は、公開していた3本の記事を、
診断 → TESEを迷う → その後の選択肢を話し合う
という流れで読み通せるよう、ひとつにまとめたものです。

診断を受けたから終わり、ではありませんでした。
TESEを迷ったから答えが出る、でもありませんでした。
受けないと決めたあとにも、
精子提供、養子、子どものいない人生という、
どれも簡単ではない選択肢が残りました。

私は途中で気づきました。
「子どもが欲しい」という願いは、
治療の話だけでは終わらないのだと。

それは、
夫婦として何を大切にするのか、
どこまでなら一緒に歩けるのか、
何を諦め、何を残すのかという、
とても静かで、とても苦しい話でもありました。


第1章 夫の涙を初めて見た夜

夫が検査結果を聞きに行ったあの日、私は家で帰りを待っていました。

ただ待つだけの時間なのに、思っていたよりずっとしんどかったです。
外に出れば少しは気が紛れるかもしれないと思ったのに、そんな気分にはなれませんでした。
家にいても落ち着かない。だからといって、どこかへ行こうとも思えない。
何をしていても、頭の中では同じことばかりが回っていました。

今日、何を言われるんだろう。
どこまで悪い結果なんだろう。
それとも、まだ希望は残っているんだろうか。

考えても答えは出ないのに、考えることをやめられませんでした。

検査を受ければ、何かがはっきりすると思っていました。
原因が分かれば、少なくとも次に何を考えればいいのかくらいは見えるのではないかと、どこかで思っていました。
でも本当は、はっきりすることそのものが怖かったのだと思います。

結果を知りたい気持ちはありました。
でもそれと同じくらい、知ってしまったら戻れないという怖さもありました。
今ならまだ、「もしかしたら」が残っている場所に立っていられる。
けれど、結果を聞いた瞬間、その場所には戻れなくなる。
そう思うと、時間が過ぎるほど胸の奥が重くなっていきました。

私はあの日、夫が帰ってきたら何と言おうか、何度も考えていました。

「おかえり。どうだった?」
「先生、何て言ってた?」
「大丈夫だった?」

頭の中でいくつも並べてみたけれど、どれもしっくりきませんでした。
何も聞かずに迎えるのも違う気がする。
でも、何かを聞くこと自体が夫を追い詰めてしまうような気もしました。

考えて、消して、また考えて、結局どの言葉も使えないまま、私はただ時間だけを見送っていました。

そしてしばらくして、玄関のほうから鍵が回る音がしました。

その音を聞いた瞬間、胸の奥がひゅっと縮むような感じがしました。
ずっと待っていたはずなのに、いざそのときが来ると、心のどこかでまだ来ないでほしいと思っていたことに気づきました。
もう逃げられないんだ、と分かったからです。

私はできるだけ普段通りの声で「おかえり」と言いました。
けれど、自分の耳に入ってきたその声は、思っていたより少し震えていました。

夫は「ただいま」と返して、靴を揃えて、上着を脱いで、手を洗いに行きました。
本当に、いつも通りの動きでした。
見慣れているはずなのに、その日はひとつひとつが妙によそよそしく見えました。
同じ人の同じ動きのはずなのに、朝の夫とは別の人みたいに感じたんです。

私はキッチンに立ったまま、「お茶飲む?」と聞きました。
今思えば、その問いに深い意味はなかったと思います。
結果にはまだ触れたくなかった。
だから、どうでもいいことを口にするしかありませんでした。

夫は少しだけこちらを見て、「うん」と言いました。

その短い返事に、私は少しだけ救われて、同時にもっと苦しくなりました。
返事をしてくれたことには安心したのに、その「うん」の中に何が入っているのか分からなかったからです。

夫はリビングの椅子に座って、しばらく黙っていました。
私は向かいに座るべきか迷って、少しだけ離れた位置に腰を下ろしました。
近すぎると圧迫してしまいそうで、遠すぎると突き放しているみたいで、その距離さえ分かりませんでした。

「寒いね」と私が言うと、夫は「うん、今日はちょっと寒いね」と返しました。

本当に、それだけの会話でした。

でも、その何でもないやり取りが、あのときの私たちには精一杯だった気がします。
必要な言葉に近づくのが怖くて、わざと別の場所を歩いているような会話でした。

やがて夫が小さく息を吐いて、「……結果ね」と言いました。
たったそれだけなのに、私は息が詰まりそうになりました。

夫は目を伏せたまま、少し間を置いて、「無精子症だって」と言いました。

その瞬間、頭の中が静かになりました。
真っ白、というより、音が遠くなる感じでした。
言葉の意味は理解しているはずなのに、理解したことと受け止めたことがまったく別の場所にありました。

夫はそのあと、診察室でどんな説明を受けたのかを、ところどころ途切れながら話してくれました。
私は聞きながら、内容を整理しようとする自分と、整理なんてしたくない自分の両方がいました。

そして少しして、夫が口にしたのは、「ごめんね」という言葉でした。


この先では、夫がそのあと初めて見せた涙のこと。
そして、その夜から私たちの会話がどう変わっていったのかを書いています。
さらに、TESEを迷った夜、手術を受けないと決めたあとに残された選択肢、精子提供・養子・子どものいない人生について、夫婦で何を見ていたのかを続けて綴っています。

単品版では、それぞれの出来事をその日のこととして、より詳しく書いています。
このまとめ版では、それらを時間の流れとしてつなぎ直すことで、診断の夜がどう次の迷いにつながり、その迷いがその後の選択肢の話へどう続いていったのかが見える形にしています。

単品版が「その日の記録」に近いなら、
まとめ版は「その時間全体の記録」に近い形です。

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