光る家の前で、私は深呼吸をした
クリスマス帽子のまま、帰り道
保育園の発表会の帰りに被せてもらったサンタ帽子。子どもはそれをまだ気に入っていて、帰り道も取らないと言いました。私はコートの前をぎゅっと閉め、片腕に子どもを抱え、もう片方の手でスマホを握ります。
通知は冷たい音を立てて増えていくのに、こちらの体力は増えません。
職場では「急ぎだから」と言われ、急いだら急いだで「雑」と言われました。定時で帰ろうとすると、笑って「母親って大変だね」と言われます。優しい言葉みたいな顔をして、責任だけが増える合図。
シングルであっても、ワーママであっても、理不尽はいつも同じ形をしています。こちらの事情を理由に、こちらの価値まで縮めてくる。
あの家は、別世界の灯りをしていた
帰り道、いつもより一本だけ遠回りすると、坂の上に大きな家が見えました。
雪が静かに降って、屋根の輪郭に沿ってイルミネーションが瞬き、玄関にはリース。庭のツリーは宝石みたいに光って、窓の中はあたたかい色で満ちています。どこかで花火が上がって、夜空が一瞬だけ明るくなる。
子どもが私の肩で身じろぎして、窓の光に目を向けました。
「きれい」
その一言が、今日一日のささくれをそっと撫でました。
私は、門の外。よその家。招かれていない場所。なのに、そこに立っているだけで、胸の奥が少しだけほどけていくのが分かりました。
雪の夜、イルミネーションの家の前で立ち止まった。門の外にいるのに、胸の奥がほどけた。花火みたいに一瞬でいい、心が休む瞬間が必要だった。
— 遊星ナオミ (@No113635) December 13, 2025
もし似た夜があったら、ひと言だけでもコメントで教えてください。あなたの“避難場所”を、言葉にして一緒に守りたいです。https://t.co/4tlSs6qsQM… pic.twitter.com/GDf0Xhx26e
“一時の避難”としての憧れ
その家の中には、きっとココアがあって、誰かが「おかえり」と言って、テーブルの上には温かいものが並んでいる。そんな想像が勝手に浮かびます。
でも不思議と、妬みは出てきませんでした。
出てきたのは、__許可__でした。
今日は頑張った。もう十分だ。今だけ、あの光を借りていい。
私の心には、ときどき「家」が必要です。現実の家が狭いとか、古いとか、そういう話ではありません。心が休める形を、外側から一瞬だけ借りる。誰にも迷惑をかけない、短い避難。
よその家の光は、私にこう言っているみたいでした。
「あなたが落ち着くまで、ここで息をしていいですよ」
花火が消えたあと、残るもの
花火はすぐに終わります。空はまた暗くなり、雪の音だけが戻ってくる。
でも、暗くなっても、家の灯りは消えませんでした。ずっと同じ速度で、控えめに、確かに。
そのとき、ふと思いました。
私の家にも、灯りはある。
豪華じゃなくていい。完璧じゃなくていい。今日の私が帰って、子どもが眠れて、明日また出ていける場所。そこに灯りがあるなら、それはもう“家”です。
私は子どもの頬に触れて、帽子の白い縁を整えました。
「帰ろうか」
子どもは眠そうにうなずいて、私の首に腕を回しました。小さな体温が、いちばん強い現実でした。
自分の家に持ち帰れる、小さな光
帰宅してから私は、玄関の電気をいつもより少しだけ明るくしました。コンビニで買った小さなチョコを、マグの横に置きました。たいしたことではありません。でも、今日の私には十分です。
憧れの家を眺めることは、負けではありません。逃避でもありません。
__理不尽の中で折れないための、上手な間合い__です。
もし今夜、あなたもどこかの灯りに目を奪われたなら。
その光は、あなたが弱いからではなく、あなたがちゃんと生きているから、見えるのだと思います。
そして、明日もまた耐えるなら。耐えるだけで終わらせないために。
今夜は、たったひとつだけ、自分の家に光を持ち帰ってください。
あなたの現実は、あなたが思うより、ずっと尊いです。
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