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#541 マネジメントに効く哲学:社会構成主義と説明スタイルがチームにもたらす力とは?

「社会構成主義」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

これは主に社会学や心理学で提唱され、教育学や哲学にも広がった考え方と言われています。簡単にいうと「知識や現実とは、社会的な相互作用の中で構築される」という考え方です。

世界は客観的に存在しており、その真理は観察や実験を通じて発見できると考える「実証主義」や、人間や事象には変わらない「本質」が存在していると考える「本質主義」とは逆で、知識や現実というのは、属しているコミュニティの価値観であったり、他者とのコミュニケーションの中で構築されるもの、という考え方です。

過去に安斎勇樹さんが解説されていた例がとても分かりやすかったのですが、例えばコロナ禍真っ只中で外出自粛が要請されていたときに、「外出して誰かと食事をするなんて怖くて有り得ない!」という人たちと、「コロナと言ってもただの風邪でしょ?」という感じで特に外出自粛をしない人たち、の例を話されていました。

知識や現実というのは、世界に一つだけの客観的・本質的な唯一解があるわけではなくて、自分と近いコミュニティに属している人たちとのコミュニケーションの中で合意されたものが現実として扱われる、という概念です。

今日は、この「社会構成主義」の考え方と、以前読んだ「オプティミストはなぜ成功するか」の概念が頭の中で繋がりマネジメントへの示唆として腑に落ちたので、そのことを話してみたいと思います。

仕事で発生する事象への意味付けの重要性

社会構成主義の話が興味深いのは、メンバーがミスしたとか、お客さんとの打ち合わせで上手く意図が伝わらなかったとか、何らかのトラブルが発生した、というのは、それ自体は単なる事象であって、意味付けされた事実ではない、ということです。

そして、特に仕事の場面においては、日々発生する事象に対してどのような意味付けをするか、というのは、組織長であったり、マネージャーの言動に依存することが多いのです。

例えば、私が東南アジアで仕事をしていたときのチームの価値観・価値基準に「チャレンジして失敗しても叱られないけれど、そもそもチャレンジしないことには叱られる」というのがありました。これは、メンバーが生み出したカルチャーというよりも、当時のマネージャーの日々の振る舞い、言動、価値基準がメンバーに伝わって形成されたものです。

実際に、自分なりにこうすれば上手くいくと思ってやってみてやらかした時には、ポジティブにフィードバックされることが多かったです。反面、「それは自分たちの仕事ではないから・・」と局所的な判断のもとで他責にした時には、当時の上司からよくお叱りを受けました。

一見「失敗」というレッテルを貼ってしまいそうな事象に対しては、マネージャーの最初のリアクションが非常に重要で、「今のうちにこの失敗が出来て良かった」とか「これを教訓にして次に繋げよう!」みたいなリアクションだと、その事象はポジティブな事実に変わります。一方で、「まったく何やってんだよ・・」とか「失敗ばかりしてコイツはダメだな」というリアクションになると、その事象はネガティブな事実になります。

マネージャーが生み出す社会構成主義がパワフルなのは、マネージャーの捉え方のみに留まらない点です。マネージャーのリアクションによって意味付けされた「事実」がチーム全体の「事実」になり得るということ。「こいつはいつも失敗ばかりしてる」となると、無意識のうちにチーム全体が同じように解釈し始めます。それくらいマネージャーの事象に対するリアクション・意味付けというのは重要なのです。

ポジティブ心理学との接続

以前、ポジティブ心理学を学んだときには、自分個人としての「心のレジリエンス」にフォーカスを置いていました。

この記事で言及しているのは、「何かが起きたときに、それを自分自身にどのように説明するか」という説明スタイルが重要という点。

  • 永続性=「ずっとこの状態は変わらないだろう」 あるいは「今回は運が悪かった」

  • 普遍性=「何をやってもダメだ」 あるいは「今回のことと別のことは話が別」

  • 個人性=「私が悪い」 あるいは「自分ではコントロールできない話」

というように、永続性・普遍性・個人性の観点で、説明スタイルとして何を選択するか、で自分にとっての事実を上手くコントロールして、強くしなやかなメンタルタフネスを持とう!という話です。

そして「オプティミストはなぜ成功するか」で明らかにされているのは、オプティミスト=楽観思考の方が高いパフォーマンスを発揮するということ。
これはチームを主語にしても同じ話で、チーム全体の説明スタイルとして、オプティミストがたくさんいるチームはやはり強いでしょう。

楽観主義的な説明スタイルが取れると、行動の結果、たとえ挫折や失敗を味わっても、より元気が出るような説明スタイルで自分たちを奮い立てせて前を向いていけるからです。失敗を繰り返した先にしか成功はないということであれば、失敗しても歩みを止めないチームが成果を出していくことは論理的にも明らかです。

そして、社会構成主義で述べた論点とあわせて考えると、チームとしての説明スタイルは、チーム成果に責任を持つマネージャーの説明スタイルと一致するということ。成功か失敗か、という客観的・本質的な事実があるわけではなく、チームの中でのコミュニケーションを通じて、一つの事象を失敗という事実にも、成功への糧という事実にも、自分たちで構成していけるということです。

知識や事実を、対話で構成する時間を持てているか

よく、チームでの成果は「1+1+1=3にすることではなく、1*1*1=10にしていくこと」みたいに表現されますよね。

これもチームマネジメントにおける社会構成主義で説明できると思っていて、単純にメンバーの能力を足し算している状態というのは「コミュニケーションによる知識や現実の創造」には達せていないということです。単純に個々の力が一つの場所に集まっているだけ、みたいな。

客観的・本質的な事実があるわけでなく、事実はコミュニティ内の対話を通じて構築していく、という考え方の社会構成主義では、「対話を通じて知識を構築していく」というのが肝なんですね。

ということは、1*1*1=10にしていく組織マネジメントのためには、「意図的に対話を通じて知識を構築する」というコミュニケーション設計が大切なんです。

しかし、現実どうかと見てみると、部下から上司への一方向的な報告の場や、各課からの便宜的な報告会、あるいは「対話を通じて知識を構築している」とは言い難い、上司から一方的に詰められるだけの打ち合わせの場ばかり・・ということも多いのではないでしょうか。

社会構成主義は、参加者の主体的な対話を重視するファシリテーションの文脈でも用いられる概念ですが、これはイベント的なファシリテーションに限らないと思っています。むしろ、日頃のコミュニケーションを、いかにファシリテーションを通じて「知識・事実を構築する対話の時間」に変えていけるか。
そして日々起こることを前向きに意味付けして、失敗を「失敗」としない説明スタイルを取っていけるか。

マネージャーのコミュニケーションマネジメント次第で、チームが強くも弱くもなる所以は、社会構成主義的な考え方に端を発していると考えています。

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林 裕也  |  探究 × 生成AI もし面白いと感じていただけましたら、ぜひサポートをお願いします!いただいたサポートで僕も違う記事をサポートして勉強して、より面白いコンテンツを作ってまいります!