#280 生成AI活用の前に!資料作成は自力でもできるようにしておこう
いかがお過ごしでしょうか。林でございます。
仕事のシーンでも、結構日常的に生成AIを使う機会が増えてきました。
最近では、調べ物のシーンではこれまでのGoogle検索が半分、もう半分はパープレを使っていますが、Google検索だと情報が掲載されているサーバの情報をそれぞれ検索結果として出力するだけのところ、複数サーバの検索結果をサマリの形で出力してくれるため、考えのドラフトや資料構成案を具体的にイメージする時に使えるので、大変重宝しています。
Copilotなんかも、Teams会議のサマリを作ってくれたりするので便利だと感じる反面、全てを生成AIに丸投げしてしまうのも、これはこれで危険だなと感じていることがあります。
それは、資料作成です。
過去に、文章作成能力や読解力について言及した記事があるのですが、私はマネジメントの立場ということもあり、メンバーの能力育成が重要な仕事の1つです。
むしろここがメインだと言っても良いです。
確かに、生成AIのような技術を駆使して、仕事を効率よく終わらせていくためのスキルも重要です。新しいものを素早く取り入れて、道具を上手く活用していくスタンスは、変化への対応スピードとも言えますから、これはこれで大事なビジネススタンスの1つであると言えます。
一方で、ただ便利だから、で効率性だけ追っていても、個人の能力は向上しないし、能力が向上しないから、結果的に効率性すら得られなくなるのでは?と感じています。
最近感じていることとセットにして、なせ資料作成能力は、自分でもある程度できるようになった上で、生成AIでショートカットできるようになった方がいいのか?という考えを説明していきます。
仕事における資料作成能力は、「想像力」
まず、仕事において資料作成自体の目的は何か?ということから出発しましょう。
当然ながら、資料作成そのものが目的ではなく、何らかの成果を得るための手段となります。
分かりやすい手前の成果は、その資料を受け取った相手が、自分が持っていきたいと考えている方向に進めるための何らかの行動を起こしてもらうことです。
よく社内向け資料作成自体をゴールだと捉えてしまっている人がいますが、これではビジネスパーソンとしては物足りないですよね。
例えば、「自分は部長からこの資料をまとめておいて」という指示を受けたから「資料を作って報告して終わり」と考えてしまっている例です。
「その先にいる人」の想像力
そこで自分の仕事が終わり、と割り切るスタンスも否定はしませんが、組織内でのキャリアアップや周囲の人からの信頼を得たいと考えているのであれば、さらに先読みが必要です。
最初に必要な視点は「部長はその資料をどのように使おうとしているか」ですね。
お客さんに説明するためなのか、上司のさらに上司にエスカレーションするためなのか。普通は、資料作成をメンバーに指示する人は、その資料を二次利用することを考えているはずなので、「その先にいる人」を想像することがマストです。
でも意外と「資料作成を頼まれた人向けの資料」を作ってしまっている人が多い。
少なくとも、資料作成の依頼を受けた時点で「誰向けの資料なのか、その資料を説明することでどういう成果が得られればOKなのか」は確認しないと、資料作成の方向性を大きく誤ってしまいますね。
レベルが上がってくると、お客さん向けの資料など、誰向け、どういう目的、どういう情報があればお客さんが動いてくれるのか、というところは、仮説を置きながら進めることも必要になります。しかし、少なくとも社内であれば、ほとんどの情報を事前に確認できますよね。
「その先にいる人」に伝わる言葉の想像力
分かりやすいところで言うと、「議事録作成」は当然ながら、議事録作成をお願いしてきた人のために書いているわけでなく、その会議に出席していない人への情報共有や、参加していた人同士の認識相違がないかを記録として残すところに目的があります。
このケースでは、「その先にいる人」は、「会議に出席しなかった人」あるいは「その会議に参加していた人」になるわけですね。
私の職場では、比較的若い年次の人が議事録作成担当を任されることが多いですが、どうしても最初のうちは、手直しが多くなりがちです。
これは、自分が新入社員の時もそうでしたし、その後入ってくる後輩たちを見ていてもそうでした。
単純に業務の中で使われている言葉に対する理解が追いついていない部分もあるでしょうし、そもそも文章を書くということそのものに対する経験値が足りないこともあると思います。
だから、はじめは十分に書けなくても仕方ないと思いますが、議事録を若い人に書いてもらう目的は、マネジメント側からしっかり伝えてあげないといけないですし、書く方も意識しておくことが大切です。
特に、生成AIのような技術で人があえて書かなくても良いことをあえて書くのであれば、その目的は何なのか、ということです。
定例会議の後に、必死に録音データを聞きながら文字の書き起こしをしている新入社員を見て、ちゃんとこのあたりは伝えてあげないとマズイ、と感じました。
「ただ聞こえてきた会話を書き起こす」だけであれば、人間よりも機械の方が確実に早くできます。出力された文章がめちゃくちゃ、みたいなこともちょっと前まではありましたが、かなり精度が上がっていますし、このあたりは時間経過とともに、さらに改善されていくでしょう。
機械でもできるけど人がやる意味、それは想像力を鍛えることそのものだと考えます。
会議の中では略語が使われたり、何らかの資料を見ながら話しているのであれば、イチイチ全てを読み上げて会話なんてされないですよね。それをそのまま文章にするのではなく、略語が指している言葉が「その先にいる人」が理解できるだろうか?と想像して、必要であれば補記する。
会議に出席していた人は同じ資料を見ながら議論していたであろうけど、事後に情報共有目的で議事録を確認する人は、当然ながらどこの話をしているか分からないので、その議事録だけを見る人にとっても理解できる表現になっているか想像する。
こういうアナログなところに、ベースのビジネススキルを養うヒントがあって、それが得られなくなってしまうのであれば、あえてそこをトレーニングする代替手段とセットで仕事のプロセスに組み込まないと、能力開発の面からは片手落ちになります。
自分でもできるけどお願いする、の自前主義が鉄則
私は普段から、社内外問わず、他人が作る資料を確認する機会が多いのですが、「うーん、これじゃ伝わらないな」とか「この資料を通じて、何が言いたいのか分からない」と感じることがままあります。
私が資料を確認するときには「(私以外の)その資料を受け取る相手に成り切って、その人ならどう感じるか」という視点で資料を見て説明を聞きますが、「自分よがり」な資料や説明を目にする機会が少なくないんですよね。
「自分が言いたいことを全て積み込みました!」とか「自分が分かる言葉で書きました!」みたいなのが資料全面から伝わってくる系。
正直、これだと資料作成以外の場面でも辛くて、そのスタンスを貫く以上、真の意味で「周囲から信頼される」のは厳しいです。
資料作成を自分でやると、意外とこういう自分では気付いていないスタンスみたいなのが見えてくるので、自分の考えを他人から見える化して補正するためにも、まずは「自分でも分かりやすい資料が作れる能力」を鍛えるのが大事。
自分でも一通りできるように、理解できるようになった上で「自分でもできるけど道具を活用する」がやはり王道。まずは自前主義が鉄則ですね。
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