10時間座れる人間の仕事と、骨と筋肉の話
みなさん、1月26日です。お正月からまだ少ししか経っていないのに、もう3ヶ月も前のことのように感じるのはなぜなんでしょう。
量子力学の中には「時間は一定ではない」「観測の仕方によって状態が変わる」といった考え方がありますが、一生懸命に生きていると時間がどこまでも欲しいのに時間がどこまでも無為に流れていくという逆説によく出会います。締切前は時間があっという間に過ぎるし、お休みに入ってもあっという間に過ぎる・・・。
あれ?ゆっくりになるのはいつ?子供の頃にはあったあのゆっくりな時間。大人にはもうそんな時は来ないのでしょうか?
骨と筋肉が漏らし始める弱音
最近になって、突然体がこちらに向かってSOSのサインを上げ始めました。
「すみません、そろそろふつうをやっていくのは限界です」。
夜は四時間で目が覚め、股関節は理由ありげに痛み出し、これまで私をふんわりと包んでいた「若さ」という防御壁が、いつのまにか撤去されていたことに気づきます。
健康診断で骨密度を測ってもらうと、同年代の89%。
「骨粗鬆症」という舌のからまる単語がじわっと近づいているのを感じます。
さらに「何もしなければ筋肉は毎年1%ずつ減っていく」という情報まで目に入ってきて、私はようやく理解しました。
年上の友人たちが、中年になってから突然トライアスロンを始めたり、山に登り始めたりした理由を。
あれは意識高い系の趣味開拓ではなく、肉体の仕様変更に直面した人間が始めた、新しい人生ゲームだったのです。
いつの間にか、体に必要なゲームが変わっていたんです。のんびりやの私も気がつくほどに、この身体のOSは古くなっていたんです。
最近読んだ文章に、こんな指摘がありました。
「人生が変わらないのは努力不足ではなく、自己認識が腐っているからだ」と。
厳しい言い方ですが、妙に腑に落ちました。人は行動を変えようとしますが、本当に変えるべきなのは「そう行動するのが自然な人間かどうか」という部分。
ボディビルダーが健康的な食事を我慢だと思わないように、“健康に向かう行動が普通の人”にならない限り、どんな目標も続かない。
考えてみれば、私はずっと
「意識だけちょっとアップデートすれば何とかなる」みたいな、
「痩せたければ、お菓子をちょっと減らせば何とかなる」みたいな、
だいぶ都合のいい世界観で生きてきました。
でも体は正直です。OSが古いままだと、最新アプリは起動しません。
――ああ、これは心がけの問題じゃない。構造の問題だ。
構造・・・そう、【生活の方向性】を変えなければならない。
そもそも漫画家という仕事は、「10時間座り続けられる人間」に向いています。集中力が切れないこと。同じ姿勢を保てること。トイレも水分も後回しにできること。
これらは全部健康とは真逆の才能です。
整形外科の医師に言われました。
「長時間座りっぱなしは、喫煙と同じくらいリスクがあるんですよね」
理学療法士の方にも、はっきり言われました。
「筋肉は使われないと、縮んで硬くなって、他のところも巻き込んで衰えます」
なるほど。私は努力を怠っていたのではなく、仕事そのものが“衰えやすい体”を生成する構造だったのです。

とりあえず行ってみました。怪我以外で初めて訪れる整形外科。
ずらりと並ぶリハビリのベッド。これまで「何のためにこんなにあるんだろう?」と思って見ていましたが、リハビリって2〜3回じゃ終わらないもの。
ず〜〜〜っと通い続ける人が多いのです。いつも療法士の方が誰かの痛みと向き合っている。
私もとうとうその仲間に・・・・
股関節の相談から、リハビリが始まりました。
右足をたたむと骨盤の中が痛む。これまで難なくできていた股関節のストレッチが右側だけできない。
原因は、腹筋とお尻の筋肉がうまく使えていない可能性が高い、と。
理学療法士の方が言いました。
「股関節が悪いんじゃないんです。股関節は本来足を前に出す、とかのロコモーションだけを担う場所なんですが、腹筋やモモ裏が体を支える運動をサボってるから、股関節が頑張ってて、そのせいで痛みがきてるんです」
使うべき腹筋や臀筋が居眠りしてるから!
本来サポート役の股関節がブラック企業化している!
ごめんよ、、、、、股関節・・・・・!!
そこで教わったのが、腸腰筋を意識した運動。
「骨盤を固定したまま、骨盤の中の筋肉とお尻の筋肉だけで足を15センチだけ上下させるんです」
おお・・・・ダイナミックさなのない運動・・・!
びっくりするほど地味。でもお尻の筋肉が狙い撃ちにされているのがわかります。人生で初めて、アスリートがやっているような「ここだけを鍛えたい」というような微細なトレーニング。
それに加えて日常の運動を増やすことにしました。
・毎日30分、ゆるく走る
・スクワットする(1時間毎に10回)
・階段を登る(20階分以上)
・縄跳び(500回)
どれか一つでいい。毎日やる。
整形外科に通い始めて1ヶ月。運動を始めてまだ14日ですが正直に言います。股関節の痛みはまだあります。でも明らかに変わったことがあります。
・ガクっとしてた骨盤が安定してきた
・急に立ったり向きを変えたりするのが怖くなくなった
・体が「少しの運動」にビックリしなくなった
理学療法士の言葉を借りるなら、「体が運動を“非常事態”として認識しなくなってきている」状態。
最初は体が全部にびっくりしてました。
ジョギング=非常事態
スクワット=事件
階段=災害
あっという間に息が上がり、30秒とたたずに止まりたくなる。でも続けると、「あ、これ日常業務なんだね?」と学習してくれる感じがあります。
続けるコツは、意志じゃなく“仕様変更”
「まっすぐな道に出会ったらゆっくり走る(1分でもいい)」
「エスカレーターがあっても基本階段を登る」
「ちょっとの用事でも後回しにせず出掛けて外に出る。無駄に歩く」
「タイマーをかけて仕事中も1時間に一度スクワット5回する」
漫画家のお友達もそういう運動のためのアプリ情報をたくさん持っていて、「このタイマーがいいよ」などの情報交換が飛びかうのです。みんな長く健康に漫画を描いていたい思いを抱えていることも追い風に感じます。
漫画家は物語に集中して描けなくなったら終わりです。
どうやっても頭はずっと考えて苦しいのだから、せめて体を積極的に守ることも仕事の一部だと認識することにしました。
集中力は、骨と筋肉の上にしか乗らない。
10時間座るためには、立ち上がれる体がどうしても必要です。
「若さ」というイージーモードが終わり、これからは設定を理解して攻略するフェーズになったのです。
若さよ、これまでありがとうね、という気持ちも湧いてきました。
年上で元気で健康でいる先輩方への尊敬も強くなりました。
それと同時に、若さあふれる子供達の元気の眩しさも強烈に感じます。

いろんなものの価値をもう一度痛感する、という自分自身の変化に、わたしはまた「あいみての」のを歌を思い出したりして、「むかしはものをおもはざりけり」な気持ちになったりするのです。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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