いつも同じ、いつも特別——日常と非日常のあいだで

10月31日と11月1日。

カレンダーをめくるだけの、ほんのわずかな差。だけど、この境目に、気持ちが変わる人は多いと思う。

「10月が終わったなぁ」
「今日から11月か」

そんな独り言を耳にするたび、僕は思う。

——僕は、どんな日であっても、できる限り自分の“状態”を変えないようにしている。

もちろん、完璧にはいかない。
人間だから、体調も気分も揺れる。
でも、それでも「揺れ幅を小さくする」という意識を持っている。
それが、僕にとっての“人生を豊かにする技術”のひとつだと思っている。

日付は、人が作った区切りだ。
本来、自然のリズムの中には、10月31日も11月1日も存在しない。
ただ、太陽が昇って、沈んでいく。
それだけのことだ。

——だから、僕はいつも、太陽のように生きたいと思っている。
登って、沈んで、また登る。
今日も明日も、同じように。
でも、その光の当たり方や、照らす対象は、毎日少しずつ違う。
それが「同じでいて、変わり続ける」という、生き方の理想だ。

思えば、僕の人生はずっと「変化」と「安定」のあいだを行き来してきた。

建築の世界にいたころ。
構造設計という仕事は、変化を前提にしながら、安定をつくる仕事だった。
地震や風、重力といった“動く力”をどう受け止めて、どう安定を保つか。
揺れを完全に止めるのではなく、揺れても倒れない構造を設計する。

それは、まるで人生そのものだと思う。
変化を拒むことはできない。
けれど、変化の中で自分を保つことはできる。
そのためには、揺れに“しなやかさ”を持たせる必要がある。
人もまた、構造物のように「剛性」だけでは生きられない。

人事の仕事に移ってからも、その感覚は変わらなかった。
制度をつくる、仕組みを設計する。
それは、一見「変化を止める」ことのように見えるけれど、実際は「変化を支える」ための仕組みづくりだ。
揺れることを前提に、倒れないようにする。
変化を、受け止める構造をつくる。

だから僕は、変わらないことを大切にしながら、変わっていくことを恐れない。
それは矛盾ではなく、自然な姿だと思う。

「日常を非日常に、非日常を日常に」

この言葉は、僕の人生のテーマでもある。

毎日同じことをしているように見えても、実際は、同じ朝なんて一度もない。
同じ顔ぶれ、同じ会話、同じ風景のように見えても、その瞬間の空気は、二度と再現できない。

たとえば朝。
4時に起きて、いつものようにコーヒーを淹れる。
湯気が立ちのぼるマグカップを手に、暗い窓の外を眺める。
まだ世界が静まり返っている時間。
たまに、風の音や冷蔵庫の低い唸りが耳に入る。
それだけで「今日」という時間を感じる。

何も特別なことはない。
でも、この“何も起きていない”時間こそ、僕にとっての“非日常”だ。

人は、「イベント」や「特別な出来事」を非日常だと感じる。
でも本当は、日常の中にこそ、特別がある。
その“特別”を感じ取れるかどうかで、人生の豊かさは変わる。

一方で、非日常を日常にしていくことも大事だと思っている。

新しい挑戦、環境の変化、未知の出会い。
それらを「特別なこと」として構えてしまうと、心が固くなる。
だから僕は、できるだけ新しいことを“自然なこと”として受け入れるようにしている。

初めての仕事も、初めての場所も、初めて会う人も——
全部「日常の延長」に置いてみる。
すると、緊張が解けて、心が自由になる。

「慣れ」は悪い言葉じゃない。
慣れるということは、それだけ自分の中に受け止める余白が生まれているということ。
非日常を日常に変える力を持っている人は、どんな環境でも自分を保てる。

10月31日から11月1日へ。
ただの1日の差に過ぎないのに、街の空気は変わる。
ハロウィンの翌日、飾りつけが外され、街は一気に静けさを取り戻す。
夜の喧騒のあとに訪れる、あの“余白の朝”が僕は好きだ。

誰かにとっては“イベントの終わり”でも、
僕にとっては“いつもどおりの始まり”だ。

通勤の人々が歩き出し、コンビニの自動ドアが開く音がする。
冷たい風が頬を撫でる。
空を見上げると、夏にはなかった透明な青が広がっている。
そういう瞬間に、僕は思う。
——ああ、今日もいい日だな、と。

変わらないように見えて、確実に変わっていく。
その流れを“感じ取る力”こそが、生きるセンスだと思う。

家に帰ると、朝陽(あさひ)が玄関で靴を並べていた。

「明日から11月だね」

そう声をかけると、朝陽は言った。

「明日も今日と同じだよ。だって、朝は来るでしょ?」

その言葉に、思わず笑ってしまった。
——そう、まさにその通りだ。
朝は来るし、夜はまた来る。
でも、その“同じ”の中に違いがあることを、僕らは知っている。

次の日の朝、朝陽が寝ぼけ眼でリビングにやってきた。
窓の外は、昨日より少しだけ冷たくて、曇りがかかっていた。
僕がコーヒーを淹れている間に、朝陽はソファに座ってテレビをつける。
画面にはニュースキャスターが「今日から11月です」と言っている。

朝陽はそれを聞いて、ぽつりとつぶやいた。

「11月になったけど、昨日とあんまり変わんないね」

僕は笑って言った。

「そうだね。でも、それがいいんだよ」

変わらないことの中に、確かにある変化。
それを見逃さない目を、僕はこの子にも持ってほしいと思う。
日常の中に小さな非日常を見つける力。
非日常を、やがて自分の“当たり前”に変えていく力。
その繰り返しの中で、人は強く、優しくなっていく。

人生は、劇的な瞬間だけでできているわけじゃない。
むしろ、何も起こらない時間のほうが圧倒的に多い。
その“何も起こらない”を、どう生きるか。

僕は、日付やイベントや区切りに左右されない生き方を選びたい。
太陽が登って沈むように、ただ今日を丁寧に繰り返す。
そして、昨日と同じように過ごしているようで、昨日とは違う“今日”を味わう。
それこそが、人生を豊かにすることだと思っている。

10月31日も、11月1日も、どちらも“今日”であり、どちらも“特別”だ。
だって、全く同じ条件の“今日”なんて、二度とないから。

夜、寝る前。
布団に入った朝陽が僕に聞いた。

「パパ、明日はいいことあるかな?」

僕は少し考えてから答えた。

「あると思うよ。だって、朝が来るから」

朝陽は「ふふっ」と笑って、すぐに眠りについた。
その寝息を聞きながら、僕は静かに思った。
——どんな日も、全てが同じ条件の日はない。
だからこそ、毎日が特別なんだと。

太陽が登って、落ちていく。
今日もまた、その繰り返し。
でも、それを「同じ」と見るか「特別」と感じるかは、自分次第だ。

僕は今日も変わらず、同じように過ごす。
けれど、その中で、確かに変わり続けている。
そして明日も、また同じように——
変わらずに、変わっていく。

それが、僕の生き方だ。

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湯鶴の裏方より

スキを押してくださった方へ、湯鶴の言葉をひとつ、おみくじと共にお送りします。

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