特別じゃない共存——女子の着替え場所から考える、あたりまえのこと
「なんで外で着替えちゃダメなの?」
朝陽(あさひ)がふと聞いてきたのは、サッカーの練習からの帰り道だった。
「なんでって……そうだね、ちょっと考えてみようか」
僕はすぐに答えを返さず、少し考える時間をとった。小学1年生の娘からの素朴な問いは、意外と奥が深い。子どもが発する言葉の奥には、大人が見過ごしている違和感が潜んでいることがある。
きっかけは、チームの連絡グループに投稿された、あるメッセージだった。
女の子部員の着替えについて。これまでは車で着替えることでなんとか対応してきたが、夏場は暑くて大変だし、砂で車が汚れる問題もある。だから、もう少し工夫が必要では——そんな趣旨の内容だった。
発信してくれたこと自体はありがたい。考え、言葉にしてくれたのは、確かな前進だと思う。
けれど、そこに僕は、いくつかの違和感も覚えた。
たとえば、「車が汚れる」という点。
それは、たしかに事実だろう。靴の砂、汗をかいた衣類、ぐしゃっとしたユニフォーム——子どもたちが着替えに使えば、車が汚れるのは当然だ。
でも、それって、「その場で大人が言わなきゃ、そりゃそうなるよね」と思う。
1年生だ。言われたことをそのまま覚えていられるとは限らない。友達とワイワイ話しながら、注意事項なんて頭から抜けてしまうこともある。そんなことは日常茶飯事だ。
だから、着替えに同行している保護者が、その場で「砂を払おうね」「ビニール袋に入れようね」と伝えてあげる。それでいいんじゃないかと思う。なんなら、大人だって時々そういう配慮を忘れるのだから。
もうひとつ感じた違和感は、「女子の着替え場所を用意してあげている」というニュアンスだった。
——特別に場所を用意してあげている。
この“あげている”という表現の裏に、「本来は必要ないけど、仕方なく」という空気を、僕は感じてしまった。
でも、そもそも男女が一緒にスポーツをする中で、着替え場所に配慮するのは“当然”のことではないか。
特別扱いではなく、必要な環境整備。全員が快適に、安全に活動できるようにすることは、「平等」や「配慮」といった高尚な言葉以前に、「現実的な運営」そのもののはずだ。
男子はその場で着替えている。女子はそれができない。だったら、その差を埋める環境を整えるのは、「してあげる」ことじゃなくて、「すべきこと」だ。
思えば、僕たちはこうした場面に、たくさんの“バイアス”を持ち込んでいる。
たとえば、着替えの問題。
「女子がいるから、面倒だよね」という空気。
あるいは、「男子だけだったら、もっと楽なんだけどな」という本音。
そういう無意識の感覚が、いつしか「女子が共に活動すること自体が特別」みたいな空気を生んでしまう。
でも、それでは共存なんてできるはずがない。
男子と女子が同じフィールドで共に練習し、試合に出て、喜びも悔しさも分かち合う——そのあたりまえの光景の裏には、当たり前のように準備される環境が必要だ。
それができて初めて、子どもたちは「性別を理由に不自由さを感じる」ことなく、思い切りスポーツに向き合えるのだ。
「でもさ、男子の着替えって、そのへんの木の下とかでしてるじゃん。女子だけ特別なとこに行ってるの、ずるくない?」
ある男の子がそんなふうに話していたのを、僕は思い出す。
——そうだよな。子どもは、そう思うよな。
だからこそ、大人が言葉にしなきゃいけないんだと思う。
「男子と女子で、着替えるときに気をつけなきゃいけないことは違うんだよ。でも、それはずるいことじゃなくて、安心して活動するために必要なことなんだよ」
そうやって一つひとつ丁寧に伝えていくこと。それが、共存への第一歩なのだ。
「じゃあさ、女子の着替える場所、ちゃんと作ってくれないとダメじゃん?」
朝陽の言葉が、まっすぐに刺さる。
そうだよな。そうなんだよ。
ラップタオルで外でも着替えられる子もいれば、そうじゃない子もいる。タオルが落ちたら、肌が見えるかもしれない。それが怖い子もいれば、平気な子もいる。
「女子だから」「男子だから」と一括りにするのではなく、「その子が安心して過ごせるかどうか」を軸に、場所や方法を柔軟に考えていく必要がある。
エンジンを止めた車の中は、夏には灼熱地獄になるし、冬には凍えるような寒さになる。そういう意味でも、車を前提にするのは限界がある。
だったら、着替え専用の簡易テントを1つ準備するだけでも、ずいぶん違う。
運営に余裕がないなら、少しずつでもいい。寄付を募る。持ち寄る。工夫する。
大事なのは、「その場しのぎ」じゃなくて、「この環境をもっとよくしていこう」という姿勢だ。
「“あたりまえ”が、誰かにとっての“我慢”になっていないか」
僕は最近、この問いをよく自分に投げかける。
たとえば、大声を出すことがあたりまえの場所で、静かに過ごしたい人がいるかもしれない。
たとえば、みんなで一緒に着替えることがあたりまえの場所で、それが不安な子がいるかもしれない。
そうした“違い”を、「特別扱い」として遠ざけるのではなく、「個性」や「尊重」として自然に受け止めていけるチームでありたい。
それは、指導の上手さとか、勝敗とは別のところにある、“人としての成長”に直結していると思うから。
「パパは、女子がいてもいいって思う?」
夜、布団の中で朝陽が聞いてきた。
「思うよ。当たり前に、いてほしいって思ってる」
「ふーん、じゃあ、わたしもずっとやるね。サッカー」
「うん。応援してるよ」
——“特別な存在”としてではなく、“そこにいるのが自然な存在”として、子どもたちが過ごせる場所を。
僕ら大人がつくっていかなきゃいけないのは、そういう場所なんだろうなと思う。
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湯鶴の裏方より
このnoteでは、湯鶴というひとりのパパの日常をもとに、仕事・育児・人生にまつわる物語を綴っています。
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でも実は——
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湯鶴がこれまで向き合ってきた葛藤や選択。
その背景には、言葉にならなかった想いがあります。
僕は、湯鶴の“裏方”として、そのひとつひとつを記録してきました。
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どれかひとつを選ぶのではなく、どれも大切にしていきたい。うまくできない日があっても、それでも今日を重ねていく。そんな湯鶴のまなざしと向き合いながら、言葉を編んでいます。
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