あごに生える1本の毛〜虚無と愛情の狭間〜
いつからだろう?
あごに1本だけ太い毛が生えてきたのは——。
あごに触れたときに、気がつくとそこにいる。
存在感は際立っているのに、なんの役にも立たない。
なぜ1本だけ太く生えたのか、皆目見当つかない。
遺伝なのか?
ホルモンなのか?
それとも宇宙からのささやかなイタズラなのか?
——考えても答えは出ない。
気づいたら伸びている。
気になって、剃る。
また伸びている。剃る。
終わりの見えない、無限のサイクル。
たくましく生えてきた毛を剃るときに、ふと思う。
「これ、なんの時間?」
生産性もない。
誰かの役に立つわけでもない。
ただひとつの毛を剃るために費やす数秒の労力。
これ、なんの時間?
だが、生えてきたことを実感すると、不思議なことにほんの少しだけ愛おしくなる。
剃るのはお預けにしようかな。
もうちょっとだけ伸ばしてみようかな。
そんな考えが浮かぶことがある。
どうかしている。
あごに生える1本の毛——。
次にまた生えてきたとき、きっと、いや、絶対にわたしは剃るだろう。
いつものように虚無と愛情が混じるため息をつきながら、スッとカミソリを入れるのだ。
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