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さよなら薬指。第2話「秘密」【#創作大賞2025】


◆第1話はこちら。

百合 32歳食品会社事務。料理が得意で、子ども好き。
真由美 32歳、百合の大学時代からの友人。デザイナー。モテるが束縛しやすい。
孝明 真由美の夫、32歳。和弘とは大学のサークル仲間。幼馴染の百合を和弘に紹介する。
和弘 百合の夫、33歳。孝明の取引先相手。建築会社の営業課長。

(1話あらすじ)
百合と真由美は同時期にそれぞれ離婚を考えていた。真由美は夫の不倫、百合は夫の秘密を知ってしまったから。2人は空いた薬指をながめ、それぞれに指輪を贈りあって、女の再起を誓う。

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第2話 #秘密


「いや、女って怖いな」
「何がだよ」
「執念がさ」
まあ、確かにそれはうなずける。でも、すべて上手くことは運んだはずだ。
和弘は、静かに息を吐き、胸に広がる背徳感と達成感がないまぜになった気持ちを味わっていた。この感覚は何なのだろうか。


妻には本当に申し訳ないことをした。和弘は確かに女性ものの下着を引き出しに隠した。しかも、妻がふとしたきっかけで通帳を探したときに見つかるように、あらかじめ探しそうな引き出しを予測して。

しかし、俺に女装の趣味はない。つまりあれはカモフラージュ、だ。

でもそろそろ自由になりたかったのだ。百合は、もともと子どもを結婚前から欲しがっており、俺はもう少し自由でいたかった。
「そろそろ、いいんじゃないかな」と甘えるように俺を見る視線。
彼女を愛していたはずなのに、その言葉は俺を必要以上に疲弊させた。
正直に言おう、二人で歩く「将来」を想像して結婚したはずなのに、結婚後何だかその像が薄くかすんできてしまったのだ。虫メガネで遠くをのぞいたときのように。


そんなとき、ふらりと立ち寄ったバーで、俺はとても印象的なママに遭ってしまった。彼女は俺の妻への愚痴にそっとつきあい、最後に「あなたの自由に生きたらいいのよ」とぬらりとした紅い唇で笑った。その時には、彼女が男性だと気づいていたのだが、もう気にしていなかった。俺には女か男というより、ひとりの彼女という人間が好きだったからだ。

しかし、彼女は結婚していた。男性としてか、女性としてかはわからないが薬指には指輪が光り、決まったパートナーがいるようだ。彼女への思いは、店に出向かないことでよくわからないうちにうやむやにしようとした。忘れなければ、俺には百合がいる。
しかし、ふと気づいたのだ。俺は男性でも女性でも愛せるのではないか。いや、まさか。

俺は自分の気持ちがよくわからないまま、百合に気づかれないように「今から帰る」「お弁当おいしかった」というラインの数を減らした。本当に少しずつ。まめね、と昔からよく褒めてくれていた癖を見せないようにした。彼女から離れてくれるきっかけを作ろうと考えるなんて、俺は最低だ。

そんなとき、別の奴から通知が来た。久しぶりだ。

孝明は大学時代のテニスサークル仲間で、普段からよく飲みに行っていた。年下だけど、取引先でもあるのでプライベートでも仕事でも近い間だ。ひょうきんで、何かにつけ笑いに変えてくれる奴で俺は昔から非常に好ましく思っていた。彼といると明るくなる。気持ちが軽くなるのだ。実は、彼は妻の真由美の束縛体質に疲れ切っていると言った。
笑いながらラインの画面を見せてもらうと、登録名が「まゆたん♡」になっており、1日の送信件数は60件。冗談ではなかったようだ。「まゆたん」の名前は、彼女に命じられましたと力なく笑う。
同じ家に住んでいて、何をそんなに送ることがあるのか、俺は理解に苦しんだ。俺は一日2通とかでまめだと褒められてるのに。

和弘は3年前に孝明に百合を紹介してもらい、結婚することになった。百合は幼馴染という。古い言い方をすればキューピッドだったわけだが。
突然飲み屋の帰り「ずっと好きだったんですよ」と告げられた。目をひたすらにまっすぐに見て。静かに思いを伝えることができず、伝える方法もわからずに、もどかしそうに。

「…は?」
「和弘さんに百合ちゃんを紹介したの、僕があきらめたかったからなんです、和弘さんを」


でもあきらめられなかったんです、と彼は消え入りそうな声で言った。

俺たちはそこで、まさか。
結託してしまった。俺と、孝明は人間としてお互いを尊敬しあっていたから。

お互いに、妻と別の人生を送りあおう。
そう誓ったのだ。

俺は孝明のラインの登録名を「ヤマダ」に変えた。孝明は俺の登録名を「タナカ」に変えた。
金曜日の20時はいつもの待ち合わせ時間になった。
最後の仕上げに、一生分の恥を忍んで、女性ものの下着を揃えた。

愛のメッセージをやりとりし、孝明は妻の束縛から、俺は妻の期待から、束の間逃げた。


2人ならきっと自由に生きられる。そう思った。百合と真由美さん、彼女たちには本当に申し訳ない。何度でも謝りたい。
きっと事実が知れたら、彼女たちは盛大に俺たちを罵ってくれるだろう。罵られるのは構わない。いつかのママに言われたように「好きに生きる」と決めたのだから。もう、気持ちに嘘はつかない。


そして、俺たちが、

それぞれの妻に真実を知られる日がやってきたのだ。

女たちを侮るなかれ。




あの日から、彼女たちは、ひそやかに計画を練り始めていた。



続く。




今日もお付き合いいただきありがとうございました。
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第3話【遭遇】に続きます。

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