眠れぬ初夏に、もういない親友と聴いたBUMPが囁く。
わたしにとって大事な物語を書きたい。
普段は薬の力を借りてこてっと眠りにつくのに、何故か深夜2時まで眠れなかった。
初夏の風が窓から入ってきてカーテンを揺らす。そろそろ夏の訪れか、風はむしむしとした湿気を帯びていた。カエルの声が聞こえる。
明日はまあ土曜日だから焦らなくてもいいか、と思い直した。
目を閉じる。
最近ハマっているアプリを開く。久しぶりに聴いたBUMP OF CHICKEN。
24時間365日ずっとBUMP OF CHICKENの曲が流れているのだ。
株式会社チームラボが運営していて、さすがというか、映像がぐわっと目に飛び込んでくる。
星がまたたく。惑星が眩しい。
見ず知らずの人のメッセージが一覧になって流れる。夜中でも誰かしらがメッセージを流していて、1人じゃないと安心する。
目を閉じるのは、その方が音楽が染みこんでくるから。
1999年のアルバムの収録曲が流れた。
懐かしいと思うより先に、気づいたら頬にあたたかい筋が走っていた。
あのとき、どれだけBUMPの言葉に救われていたんだろう。
久しぶりに聴いた彼らの歌声が、言葉が、いくらでもわたしを過去に連れ戻す。
二度と会えなくなるなんて。
日常の当たり前に紛れ込んで、ぎらぎらと生命力にあふれていたわたしたちには現実的がなかった。
17歳の私たちは自分を保つことに精一杯で、明日も同じような日が来ると信じて疑わなかったから。
🌠
BUMP OF CHICKENは中学生のときから、ずっと聴いていた。もう20年以上前になるだろう。学校にやっといけるようになったら、友達と好きなBUMPの歌詞を書き連ねた日記を交換した。ポエマーな中学生だ。
言葉がわたしたちを支えていた。私の友達は類友ともいう、みんな生きづらいやつばかりだった。
憧れのボーカル藤原くんの真似をして、詩を書いては見せ合った。
TSUTAYAでCDを借りては、歌詞カードを広げて、その言葉を探るように味わった。(当時はMDに落としたのよ)
Kの意味を、dandelionの意味を、ラフメイカーの意味を、気づいたときは鳥肌が立った。
隠しソングがCDの最後に入っていて、それがまた楽しみだった。

ひかりも私たちのグループの1人だった。
近所に住んでいて中高一緒で、箸が転がってもおかしい時期をともにした。
4人くらいでつるんでいて、何しろ朝から晩まで一緒にいて放課後のマクドナルドも一緒で、よく話題が尽きなかったと思う。
BUMPのアルバムを片っ端から揃えて、これはこういう意味だ、ここにはこんな意味が隠されていると議論した。
わたしもこんな文章が書きたい。
よく2人で話した。
心の琴線に触れる言葉を紡ぎたい。
わたしたちは彼らに心酔した。
夏休みには一緒にはじめてのバイトをした。高校生のわりに大人びてかわいらしい顏をした彼女は、売り子などを知り合いから頼まれていたようで私もそれに便乗した。好きなマンガやCDはそれぞれバイトで稼いだお金で貸しあった。
「小説家になりたい」
ひかりはそう言って、小説やたくさんの詩をかきためていた。漫画も描いていた。
ノートに手書きで書かれる物語はわたしにはない感性であふれている。瑞々しくて、優しくて。本ができたら一番に読んで、と言ってくれたことが、わたしの光だった。
彼女の言葉はいつだって真っすぐで、綺麗な字でノートにつづられていた。私はどの作品も一番はじめの読者でいたかったから彼女とずっと一緒にいた。
「できた?」
「まだだよ。気早いよ」と笑う。
そうだ、ゆずも書きなよ、順番に書いてひとつの作品を完成させよう、と誘ってくれた。
彼女とつなぐのはまだ中学生らしい恋愛小説だ。

次はわたしの番。私は一生懸命ノートにしたため、主人公の隆臣くんが女の子へ恋心に気づくところまで書いた。
「これ、よろしくね、ひかり!」
えー、隆臣くんどんな風に書くのがいいかなあなんていいながら、ひかりは「作家」の顔で受け取ってくれた。
かっこよくて憧れの先輩にした隆臣くん。彼には幸せになってもらわなきゃ。
わたしは2人の物語が完成するのが待ち遠しかった。しかし、1週間待っても、ひかりは学校に来なかった。
入院が突然決まったと担任から告げられた。
夏休みがもうすぐという時期。セミとカエルの大合唱の時期で、田んぼが青々と眩しかった。
線は細いけど、すこぶる健康そうに見えた彼女が入院するなんて信じわたしには信じられない。
お見舞いに急いだ。会いに行った病室で、少し痩せた彼女がいた。こんなに透明感のある子だったか。 BUMPの最新のアルバムを渡した。
「ありがとう!嬉しい。でも、小説続きがまだなのよ」
「そんなのいいよ!ひかりはいつ退院できるのっ?」
意気込んで聞くわたしに、その場にいたひかりのママもひかりも力なく微笑むだけだった。
夏休みにも何度か面会に行ったが、寝ていることが多く、わたしの心は深い穴にハマって抜け出せないまままだった。息苦しい世の中に戻った。まだ、話は終わってないよ。
アブラゼミがヒグラシに変わるころ、
ひかりは散ってしまった。
例年以上にセミが、うるさい。うるさい。
病名は長くて覚えられず、というかどうでもよくて、
何をしても力がわかなかったわたしは、
もういないという現実を受け止めることができなかった。
じわじわと陽炎が立つアスファルトを歩いて、わたしは告別式の会場まで向かった。首筋に汗がまとわりつき気持ちが悪い。
涙も汗も一緒くただった。
なんで、なんで、なんで。
17歳の娘を連れて行ってしまうほど、神様は意地悪なんだろうか。
数か月後にひかりにそっくりな顔立ちのお母さんが、まだ小さい妹たちを連れて遊びにきてくれた。妹たちも同じような顏をして、どきどきとこちらを見つめていた。彼女たちの目は赤い。
「あなたの小説の続き、あの子一生懸命書いてたの。だからこれはあなたのものよ」
ノートはあの物語の続き。孝臣くんはクラスメイトを意識しだして……、
ひかりの、どんどん力がなくなる文字に頭が混乱して、彼女の文字をひと文字ずつなぞっては涙をこらえた。
彼女との最後の物語は、私が書かなければならない。
ヒグラシがコオロギの声に変わるまで、私は夢中でノートに書いた。
彼女とつくる物語のその先を。ハッピーエンドにはならなくても構わない。
たった一人の読者は、彼女なんだ。
ねえ、ひかり。いつか小説家になったあなたの本を読みたかった。
作詞家としてのデビューかもしれないね。
この世にいなくても、あなたの書いた作品は、生き続けるでしょう。
彼女の書いた作品は大切にアルバムに入れている。お守りのように。
手書きの文字は20年経った今も、あたたかい。
ノートの文字をなでると、いつでも彼女に会える気がしている。
書くことは、作者のいのちが生き続けることだと思っている。ひかりの作品は今も生きてる。
ねえ、わたし、2人の小説を最後まで書ききったよ。
読んでよ、ねえ、ひとりでがんばったんだから、感想を聞かせてよ……。
あのころBUMP OF CHICKENも、
「君を忘れたこの世界を愛せたときは会いにいくよ」と唄っていたっけ。
彼女のすきな花を手向けに、会いにいかなかくちゃ。
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最後の歌詞は「ロストマン」より。
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