【掌編】あいは湯けむりとともに。/#モノカキングダム2025
まだまだ百合子にはいいひとはいないのかねえ。
チヨ婆は番台に軽くもたれかかり、頬をゆるめた。キヨシ爺がいなくなってからというものの、こうして、銭湯がひまなときは百合子はチヨ婆の愚痴に付き合ってあげるのがお決まりだ。
まったく、いつまでわたしはチヨ婆にとって、子どもなのだ。
小さい頃からふたりに実の娘のように育ててもらった。百合子が32になった今、まちの小さな銭湯はもうここだけだ。
さみしいのだ、チヨ婆は。だから、夫婦でやっていた昭和一桁から続く銭湯をずっと閉められず、孫のタカアキがなかなか継ぐ決心をしないから今でも腰をさすりながら番台に立っている。
この寂れた銭湯を守ることが、チヨ婆のあいの証のようだ。
のれんにはゆの文字。タイルの床。色がはげた富士山。黄色のケロヨンの桶。そんなものすべてをまだひとりで丁寧に守っていた。わたしも時折、一緒に、床をみがく。
タカアキの両親は小さい頃に事故で亡くなったから、チヨ婆とキヨシ爺が銭湯をいつまで続けられるか、不安をなるべく声に出さないようにしていた。キヨシ爺があんなにあっけなくいなくなるなんてまちのみんなだって思っていなかった。
小さくなったチヨ婆の背中をわたしはいつもさする。お風呂を上がった後の、恒例行事だ。肩揉みをすると瓶の牛乳をお駄賃にくれる。
あいとは、さみしさなのだとチヨ婆を見るたびに思う。
「キヨシさんはね、実は、他に女がいたんだよ」「キヨシさんはね、いつもわがままで亭主関白で」チヨ婆の口からはキヨシ爺の悪口ばかりだが、多分、きっとそんな事実はない。
ぶつぶつ言っているようで、ふたりで立っていた番台からいつまでも離れられないだけだ。
キヨシ爺は病気で亡くなるまでずっとこのまちのこの銭湯でずっといきいきと働いていた。誰からもじいちゃん、キヨちゃんと呼ばれ、愛されていた。働き者の背中はいつでも厚く、たくましくて子どもたちは大好きだった。
さみしくて、悲しくて、ことばが裏返ってしまうチヨ婆は、随分と気弱に、そして歳をぐっと取ってしまった。
でもね。
「ねえ、チヨ婆」
眠そうに番台に立つチヨ婆に、わたしは話しかけた。
「タカアキが帰ってきたよ」
そう、あいとは、うけつぐことなのだとタカアキの背中を見て思う。キヨシ爺そっくりじゃないか。
そっと腕を取り、微笑む。わたしも今日から家族だ、タカアキの、そしてチヨ婆の。
ね?
タカアキは、メガネとボサボサ頭のまま、数ヶ月ぶりに会う婚約者のわたしをいつもどおりの笑い皺のにじんだ顔で見つめて言った。
「婆ちゃん、おれ、銭湯継ぐよ、百合子と」
チヨ婆はすっかり目を細めた。しばらく黙っていたかと思うとあらあらまあまあとわたしたちふたりを見比べた。小さい頃からタカアキとわたしは、この番台の前で2人でぴょんぴょん跳ねながら、話を聞いてもらったものだ。
あのね、聞いて!
タカアキったらね…、!なんだよ、ユリがわるいんだろ!
ずっと、わたしはこのまちから出なかった。タカアキは高校卒業後ここから片道2時間の東京で、経営の勉強をして帰ってきた。
ふたりで銭湯を継ぐことを決めたのと、結婚を決めたのはつい1週間前だ。
遠距離ってつらいね、チヨ婆?というと、「わたしゃこれからずっと遠距離だよ」と目をしばたかせた。
あいとは、ささえることだ。ひとつひとつは小さな手でもたくさんの手で、背中を。
チヨ婆は、まなじりをぬぐうと、そうかいそうかい、キヨシさん聞いてくれるかい?と歌うようにつぶやいた。
「ここでね、キヨシさんをわたしは待ってるんだ。湯けむりを煙突からあげてさ」
さ、ふたりとも、今日から修行だよ、のれんをだして!と、急にしゃっきりとチヨ婆は動き出した。
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今日もお付き合いいただきありがとうございました。
モノカキングダムも3年目の参加です。いつか書きたかった銭湯の物語。
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