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掌編小説|あの紙ヒコーキくもり空わった先に、僕らの春。



ユキは白い紙を飛ばした。

目が見えないユキは、折り紙は僕の手を添えてやらないとできない。
紙の手触りをひとつひとつ確かめて、
うんうんと小さく頷く。
まるで、小さい子どもだ。ウェーブのかかった
くりいろの髪からは僕の好きなシャンプーの
香りがする。


紙ヒコーキが無事に折れたユキは、
満足気に微笑んだ。
飛ばす前にちらりと見たら、内側に
薄く文字が書いてあるようだ。
今まで気がつかなかった。

スマホの音声変換で、なにかいたの?と問う。

はる、だよ。

はるが、くる。



もしかして。
慌てて、僕は今までのユキの飛ばした紙飛行機をかき集めて、一枚ずつ広げた。


アパートの2階から紙飛行機を毎回飛ばすから、
後から僕はこっそり回収しに行っていた。
いつか大家に怒られるだろう。

20枚近くになったそれには
全部同じことが書いてあった。


アキへ。
僕にあてた夢、いや手紙だったのだ。




そう、これは僕たちの物語だ。春に向かう僕らが確かにあのときいた。

彼女、ユキは目が見えない。
生まれたときから視力が衰えていき、
今やほんの少しの光しか感知できないという。
そしてそれをサポートしていたはずが、
「耳がきこえなくなりそうだ。
病気になったんだ。少しずつ、聞こえなくなっていく」と僕も進行性の耳の病をユキに告げることになった。神様は時に残酷だ。

これは、目の見えないユキと耳が聞こえなくなる僕のはなしだ。

「ユキに握らせたオーナメントの星の先に、
彼女が好きな星のモチーフのついた
指輪をはめたことに
気がついただろうか。」
なんて、洒落たことをクリスマスのときに
したことを後悔している。はずかしくて顏があげられない。まったくどうかしていた。


友人たちには、「女ってのはサプライズが好きだけど見え透いてんのも嫌われんだよな」
なんて釘をさされたが。


何より指輪を喜んだのはユキだ。
しかし、指輪をもらう=結婚する、が結びつかなかったらしく僕が指輪をはめてあげても、
想像しているキラキラの指輪を
光にかざしていつまでも楽しんでいた。
まったく、プロポーズを知らないのか。
一世一代の大勝負だぞ。

「わー。わあ」と想像の世界で
楽しんでいるユキに、結婚してくれ、と直球に
言った。
うん、はっきり言わなきゃこの手のタイプは無理だ。長年の付き合いで理解した。



ずっといっしょにいて。
たったその一文を手のひらにゆっくりと書いた。


そこでようやくこちらをまじまじと見た。

二重のまつげの長い目をぱちくりとさせて、
「どうぞ、よろしく」と言った。

久しぶりに飲んだお酒のせいか、
頬がピンクで、目がほんのり赤くて、
言いたくないんだけど、とびきりかわいかった。
他の誰にも渡したくないのは、こいつ以外ありえない。


そのクリスマスから3か月後、
僕たちは一緒に住み始めた。
僕の耳は相変わらず進行して音が
聞こえづらかったから
役所や引っ越し屋などの説明は、
スマホの文字おこしや隣でユキに補助して
もらいながらこなしていった。

ユキは新しい地で、
パートナーとして頑張ってくれていた。



しかし、僕の病気は進行している。
ユキの声は、遠く、小さくなる。
音が失われていく恐怖と、僕はひとり闘うしか
なかった。
暗い穴に引きずられないように、しがみつくものを探し続けた。まだ失いたくないんだ。


その間もカレンダーはめくられていった。

寒さがどんどん和らいで、
季節はそう、春に近づいていく。

薄いニットが、カットソーになり、
半袖になり、またセーターになった。
そして、2度目の春を迎えようとしていた
とき、ユキは体調が悪い日が多くなった。


冬にはこの寒いのに、
窓を開けて何回も紙飛行機を飛ばすから
参っていた。

「ユキ、寒いから窓閉めてよ」
唇の動きで伝える。(口話という方法だ)
そういえば彼女だって今まで思っていたような
僕の声を聴くことはなくなっていくんだよ。

「みて。今日はよくとんだよ」


そういえば、きまって晴れている日ではなく
くもりの日に、紙飛行機を飛ばしていた。




ユキが投げていた20枚の
紙飛行機を広げると不器用な字で
「はる、ほしい」と
だけ書かれていた。


そして、今拾い上げた21枚目には
「はるが、きた」と書かれてた。

…つまり、こういうこと。
ユキは夢をテストの裏(正確にはチラシの裏だけど)に書いて飛ばしてたってこと。
なんて、まわりくどいんだ。緩むほおを抑えながら、僕は何度も頷いた。


今日の紙飛行機は、
夢がかなった報告。僕あてのね。

はるが、きたみた。

ふたりで手話を使って、夢を教えあった夜があった。
紅茶をふうふう冷ましながら、金曜ロードショーでジブリを観ていたときだったかも。
「僕はそうだな、もう一度耳が聞こえるようになりたい。ユキの声も聴きたい」
「わたしはこどもがほしいのよ」
「…僕の話聞いてた?」
「聞いてるよ。わたし、こどもができたら、ハルってつけるの。
あなたがアキで、わたしがユキ。
さて、その子どもの名前は
なんでしょう?」へへっと悪戯をする子どもみたいに笑った。
そんな夜があった。

そうか、「はるが、きた」のか。
気の早いユキは、冬に生まれてくるハルに
用意するベビーグッズのことをもう考えていた。

赤ちゃんのくつしたっておもちゃみたいで
ちっちゃくてかわいいよねえ。
いくらでもお洗濯しちゃう。


外では、葉桜が次の季節を告げていた。

僕たちの物語にはきっと続きがあるはずだ。


次はアキとユキと、ハルの物語なんだろう。




今日もお付き合いいただきありがとうございました。

クリスマスに開催された灯火物語杯の
ユキたちの物語の続きを春仕立てにして書きました。

お気づきのかたも多いかと思いますが、
タイトルは19です。前後に揺れるの。
ほんとに教室のベランダから夢を書いて飛ばしたなー
なんて青春がよみがえります。

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