書く人生のはじまりは友だちがいなかったからです。
これは自分語りをしてもいいのだろうか。
紙の古くさいにおいがここちよい図書室で逃げるように過ごしたあの日々を愛おしくも、やさしくも、そっと包みたくもある。
学校のチャイムと、桜の隙間から見える教室を見て、思い出すのは作文用紙だ。
転校が多く、しかも地方まで違ったため言葉の壁が大きかった。とにかくアクセントもイントネーションもテンポも違う世界で、幼いなりに必死に生き抜かなければいけなかった。
特に関西に来た時は、みんなと一緒にいてもひとり笑うタイミングがわからなかった。なんでやねんってなんやねん。
友だちができない。
当時は今のようにすぐに話しかけられるタイプではなく、とりあえず「誰か話しかけてくれないかな」オーラを沸き立たせる迷惑なタイプだった。
友だちができなければ、休み時間は自然と本を読むしかなかった。
図書室が居場所だ。司書さんに名前を憶えてもらい、当時はバーコードではなく本の貸しだしカードに名前を書いていくタイプだったので(「耳をすませば」を観たらぴんとくる)、ずらずらとわたしの名前が並んだ。
先生は友だちがなかなかできないわたしに、たくさんの本や漫画を教えてくれた。学校になければ親に市立図書館に連れて行ってもらった。
そのうち、教室の学級文庫までずっと読み漁っているわたしにも、ぽつぽつと友達ができた。
「これ、おもしろいよ」と言ってくれる子たちだった。
好きなものをすき、と言ってくれる人との交流はここから始まっていたのだ。
書く人生のはじまりは、そう、読書感想文だけが当時のわたしの得意なものだったから。読む人生のはじまりが書く人生のはじまりだった。
読むことが、すぐ殻に閉じこもりたくなるわたしをそばで見守る「友だち」だったのだ。それが書く、につながった。
感想文を書いて、「すき」という気持ちをありったけ伝えた。
「帰ってきたナチ」「名犬ラッシー」(なぜか犬の本が多い)で市のコンクールで入賞したわたしは「書いたものを人に読んでもらえる」喜びを知った。
以来、友だちと書いたものを見せ合ったり、ひとりノートに物語を書いていた。詩を見せ合う交換日記までやっていた。穴をほりたい。はいりたい。埋めてほしい。
でも、自分の「いい」と思ったものを「それ、わたしも好き」「いいよね」といいあえるあの瞬間が、どれだけ得難いものか、大人になった今だからわかる。
あれからどれだけの作家さんをすきになり、どれだけの本を読んだのだろう。どれだけの貸し出しカードを埋めたのだろう。
父も母も読書家だったため、家にはぎっしり本があった。本だけはすぐに買ってくれた。(当時ポケモンのゲームボーイのカラーがどれだけほしいと言っても買ってくれず、いまだに根に持っている。いい加減忘れたい)
今はすきな本が同じ人と交流したり、本を紹介したり、書くことも読むことも楽しめていることに感謝しかない。noteは今年の6月で4年目だ。
いつか、この世に自分がいなくなっても書いたものは残る。世の中に、なんて大それたことは思っていない。
子どもたちにそっと自分の「力作」を伝えられたらしあわせだ。
それは、これから書く予定だ。書けるはずだ。だから、わたしはまだまだ書くことをやめないのだと思う。
原稿用紙のマス目は、まだ続いている。
すきなものをすきと言い合える人たちと、仲間でいたいから。
みくまゆたんさんの企画に参加しています♪お付き合いいただきありがとうございました。
みくまゆたんさん、書籍出版おめでとうございます!ずっとXやnoteでの発信を楽しみにしていました。商業出版ってほんとにすごい!
書く人生のはじめかた、みくさんと同じ窓から一緒にのぞいてみませんか?

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