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自問自答するということ

スーパーのレジに並びながら、
さっきの会話を思い出している。

あのとき、
「大丈夫です」と言ったけれど、
本当はほんの少しだけ、引っかかっていた。

でも、言うほどのことでもない気もしたし、
空気を変えるほどのことでもない気がして、
私はいつものように笑った。

家に帰るころには終わっているはずの出来事なのに、
心のどこかが、まだ終わっていない。

あれは、本当に大丈夫だったのかな。
私は、あのとき何を感じていたんだろう。

こうやって私は、
日常のすき間でよく立ち止まる。

洗い物をしながら。
車を運転しながら。
夜、電気を消したあと。

その場では名前をつけられなかった感情を、
もう一度、手のひらにのせる。

怒りだったのか。
寂しさだったのか。
ただ少し、わかってほしかっただけなのか。

昔は、
こんな自分を「面倒だな」と思っていた。

考えすぎ。
気にしすぎ。
もっと軽く流せばいいのに、と。

でも、noteに出会ってから、
少し変わった。

この小さな自問自答は、
欠点じゃないのかもしれないと、
思えるようになった。

むしろそれは、
まだ名前のない感情を大事にしようとしている証なのだと。

書こうとすると、
曖昧だった気持ちが、少しずつ輪郭を持ちはじめる。

「ああ、私はあのとき、寂しかったんだ」
「怒っていたんじゃなくて、悲しかったんだ」

そんなふうに、自分に気づいていく。

それは誰かを責めるためでもなく、
自分を正当化するためでもなく、

ただ、
自分を置き去りにしないため。

日常のなかで生まれる小さな感情を、
なかったことにしないため。

自問自答は、
ぐるぐるしているようで、
実は少しずつ光のほうへ向かっているのかもしれない。

noteを書くようになってから、
心の中のざわざわは、
少しキラキラに変わった。

同じ出来事なのに、
「これはどんな気持ちだったんだろう」と考える時間が、どこか愛おしい。

問い続けることが、
前に進めない証ではなくて、
学び続けている証だとも思えるようになった。

今日もまた、
「本当はどうだった?」と自分に聞く。

そしてその答えを、
少しずつ言葉にしていく。

それが、
今の私のささやかな楽しみであり、
小さな使命のような気もしている。

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