「怖い話を語ろうか」ホラー短編小説読切
《一文あらすじ》
高校生の真知が小説家の叔父の怪談話を聞いていたら何かが現れて……
全文5300文字程度
夏休み中に一万字程度の短編小説を仕上げようと決めてパソコンに向き合うこと数日。できるかどうか自信がなかったけれど、やってみたら割とすんなり書けてしまった。
ここまで長い文を書いたのも物語をちゃんと完結させたのも初めてで「わたしって天才かも」と得意げになっていた矢先、主にホラー小説を書いている小説家の叔父から『差し入れでアイスをたくさんもらったよ。よかったら食べにおいで』とメッセージが来たものだから『短編小説書いたから読んで』とすぐさまメッセージを送ってしまった。
あの時は読まれることがこんなに緊張するなんて思いもしなかった。書き終えた高揚感に満たされていい気になっていた。
わたしは叔父の住む古いマンションのダイニングの椅子に座り、緊張しながら隣の書斎の様子をうかがっていた。開きっぱなしになっている引き違い戸の向こうに、パソコンの前に座る大きな背中が見える。そこで叔父はわたしの書いた小説を静かに読んでいた。ここからでは表情は見えない。どんな顔して読んでいるんだろう。知りたいような知りたくないような。
数分後、叔父が振り返り「読み終わったよ」と言って手招きしたので書斎に入った。
「どうだった?」
「真知ちゃん、すごいね。こんなに書けるんだ。たいしたものだよ」
叔父はわたしを見て子どもの成長を見守る親のように優しく目を細めたが、すぐに表情をきりっとさせて「でも何個か気になるところがある」と言った。
「まず、ここと、ここは日本語が変だよ」
言いながらパソコン画面に表示したわたしの文章を、ポインターでたどる。
「それからここは視点がぶれている」
「ここは誰のセリフか分かりにくいな」
「こことここは矛盾しているよ」
指摘を聞きながらもわたしは妙な感動を覚えていた。自分の書いたものがちゃんと読まれて小説として評価されていることに不思議な喜びを感じる。承認欲求が満たされたような? よく分からないけれど。
それから「叔父さんってちゃんとした小説家なんだなぁ」と今さらながら感心した。著書は読んでいるし小説家なのは分かりきっているけれど、廃墟に行ったり霊媒師に会いに行ったり、取材と称して遊んでいるイメージしかなかったから。
パソコンを借りて読み返しながら叔父の指摘を書き込んでみると、確かにそうだなと思えることばかりだった。
叔父は最後によかったところを褒めてくれて、すべて終わると「さあ、アイス食べよう」と大きく背伸びをした。
「ありがとう叔父さん、すごく勉強になった」
「それはよかった。でも僕の言うことが正しいとは限らないからね。いろんな人に読んでもらって意見を聞いたほうがいいよ」
「うん、分かった」
キッチンに行き二人で冷凍室をのぞくと、ちょっと高めのご褒美系アイスが冷やされていて思わず顔がほころんだ。
「編集の人にもらったんだ。どれがいい?」
「これにする」
「僕はこれにしよう」
わたしはストロベリーフレーバー、叔父はチョコフレーバーにして、ダイニングテーブルについた。
「かったい」と笑いながら、かちかちの表面をスプーンでなんとかすくって口に入れると、じわじわと甘味が広がってフル稼働していた脳が緩んでいく。
「おいしいね」
「うん、おいしい。夏は三食アイスでいいな」
「分かる。でもそんなことしたらお母さんぶち切れるだろうな」
「ははっ。姉さんは怒るだろうね」
甘い物を食べながら叔父とだらだらと話す時間を、わたしはすごく気に入っている。
「叔父さん、仕事はいいの?」
「この前、一本終わらせたよ。しばらくはのんびりできるかな。真知ちゃんは夏休み楽しんでいる?」
「うん。この前、高校の友達とプールに行ったんだ。あ、そうだ叔父さん。この辺で心霊スポット知らない?」
「真知ちゃん、ついに興味もつようになったの?」
ホラーが大好きな叔父は仲間ができたとでも思ったのか嬉しそうに目を輝かせた。
「そうじゃなくて紺野がね、暑いからヒヤッとするところに行きたいなあって言っていたから。心霊スポットならヒヤッとできそうじゃない?」
中学の同級生で、叔父も面識がある男の子の名前を出すと、なぜか身を乗り出して真剣な表情でわたしを見つめてきた。
「真知ちゃん、よく聞いて。心霊スポットや肝試しに誘う男は下心しかないからね」
「別に誘ってきたわけじゃ……」
「百パー下心のみだから」
「下心って、紺野とわたしはそういう関係じゃなくてただの友達だから」
「でも覚えておいて。肝試しに誘ってくるやつは……」
「下心しかないんでしょ。分かったから」
大げさだなあと呆れながらも心配してもらえる嬉しさもあって、顔がにやけてしまった。叔父は何か勘違いしたのか焦ったように「ダメだよ。でも真知ちゃんがそれでもいいなら僕がとやかく言うべきではないけれどでもやっぱり……」とぶつぶつ言った。
「そうだ。ヒヤッとしたいなら業務用の冷凍室にでも行けばいいんだ。取材と言えばどこかの工場が見学させてくれるかもしれない」
また変な事を言い出した。職権乱用しているし。
「取材するからには小説にしてよ。冷凍室からホラーなんて思いつくの?」
呆れながらわたしが言うと、腕を組んで「うーん」と考え込むようなそぶりをした。
「霊を凍らせる、とか」
「霊って凍るの? 凍らせてどうするの?」
「飾る」
「その話のどこが怖いの?」
「……」
叔父は姿勢を元に戻すと、無言でアイスをすくって口に運んだ。しばらくすると何かを思いついたようにパッと顔を上げた。
「そうだ、怖い話でも教えようか。紺野くんに話してヒヤッとさせてみたら?」
「ヒヤッとするかどうかは分からないけれど、聞きたい」
叔父は得意げにニタリと笑って話を始めた。
「編集者の白石さんと廃墟に取材に行った時の話なんだけど。そこは小さな町工場で敷地内に住居も建てられていたんだ」
「心霊現象の噂はあったの?」
「住居の窓に明かりがともるのを目撃したとか人影のようなものを目撃したとかネットに書きこまれていたよ。でもそこで人が死んだとか事故があったとかの事実はないんだ」
「誰かがこっそり入り込んでいたのかな」
「たぶんそうだと思う。廃墟にありがちな落書きもあったから」
「そんなところで怖い体験できたの?」
「うん。工場を見学してから二階建ての住居に向かったんだけど、玄関を入った途端に『おかえり』って小さな声が聞こえたんだ。白石さんも聞こえたって」
「二人して同じ声を聞いたのなら幻聴じゃないよね。何だろう」
「白石さんは現実主義者だから野良猫が近くにいて鳴き声がそう聞こえただけって結論をだしていたな。ほら、びっくり動画なんかにあるよね。猫の鳴き声が『ごはん』とかに聞こえるやつ」
「ああ、なるほど。それに『おかえり』なら言葉としては怖くないよね」
「うん。でも『かえれ』とも聞こえたような気がしたんだ」
わたしは『おかえり』と『かえれ』を小さな声でくりかえした。言い方によってはどっちにもとれるような発音ができる。
「『かえれ』は怒っているみたいで怖いね」
「そうだね。でも『おかえり』の方が言葉としては優しいけれどここから出してくれなさそうで、『かえれ』は言葉としては怖いけれど帰してくれそうだから本当は怖くないなって思ったんだ。そんなことを考えながら二階に上がったら、床が腐っていたみたいで踏み抜いて大けがした。下手したら現世に帰って来られなくなるところだった。はははっ」
「はははっじゃないよ」
こっちが呆れていても叔父はどこ吹く風だ。話を終えて満足そうにしながら、アイスのカップを口元に持っていき一気にかきこんだ。
「ああ、おいしかった。そうだ、凍らせた霊を食べるのはどう?」
「話うんぬんより叔父さんの発想が怖いよ」
「ははっ。白石さんにもよく言われる。そうだ白石さんが教えてくれた怖い話もあるよ。白石さんの同僚の友達の妹が体験した話らしい」
ありがちなやつだ。知り合いの知り合いとか、友達の母親の顔見知りとか、体験者が遠くて存在しているのかも分からないやつ。
「体験者は仮にれいこさんにしておこう。れいこさんが中学の林間学校に行った時の話。そろそろ消灯時間という頃、カーテンの隙間から外を見ていた友達が『なんかいる、幽霊かもしれない』と騒ぎだしたから、れいこさんも見てみたら遠くにある大きな木の下に人の形をした何かが見えた。霊感があるれいこさんはそれが霊ではないことはすぐに分かって、木の枝か草か何かが人っぽく見えているだけだろうなと判断した。でも友達はやけに怖がっている。『宿泊施設の大きな木に影がぶら下がっているのがたびたび目撃される。その正体は、木で首をつって死んだ人の霊だ』という話を先輩から聞いていたせいだ。同室のみんなで外を見て騒いでいたら先生が部屋に入って来て『そろそろ寝る時間よ』と言った。友達が涙目で『なんかいる』と訴える、先生とみんなは開けた窓から外を見ている、外に意識が向いている。そんな中、れいこさんはひとり『そっちじゃない、そっちは何もいない、やばいのは後ろにいるのに』と思っていた。長細く全身が真っ白な人の形をしたものが、先生のあとをついて部屋の中に入って来た。そして友達の真後ろにじっと立っている。しばらくして『人のように見えるものは低木だろう』という結論になった。先生も部屋から出て行き、みんな布団にねころんだ。友達は納得がいっていないように「なんかいるのに」とつぶやいている。真っ白な人の形をしたものはその友達の枕元に突っ立っている。友達の顔をのぞきこんでいる。まるで『なんかって自分のことかな』とでも言いたげに首をかしげながらのぞきこんでいる。れいこさんは横目でそれを見ながらも何もできずにいつの間にか眠りにおちていた。朝起きたら白い人はもういなくなっていたって」
「へえ、おもしろいね。霊だと思っていたものは何でもなくて、そことは関係ないところで怪奇現象が起こっていたんだ。その白い人の正体は分からなかったの?」
「うん。分からなかったって。それから大きな木の下にあった人のようなものはやっぱり低木だったらしい。先輩が言っていた噂に関しても、れいこさんが調べたところによると自殺なんてなかったらしいよ」
「わたしいつも思うんだけどさ。もしそこで亡くなった人がいたとして、そのままそこに居続けるのかな。廃病院とか廃旅館とか、そこで死んだ人の霊が出るって言うけれど、わたしだったら自分が死んだ場所にいつまでも居たくないな」
「確かにそうだね。そこに縛り付けられるのかもしれないけれど、自分が死んだ場所なんて見たくないし、居たくないよね」
「だよね。生きている人間は危険な目にあった所に寄り付かないよね。死んでも同じじゃないのかな」
「そうかもしれないね」
……あれ、今、何か。
まばたきの合間? 目を閉じた時? 開けた時? にこにこと楽しそうに話をする叔父の横に。パっと見えたり見えなくなったりする何かが。
たぶん、女の人だ。青白い顔、べったりとした長い黒髪、手をまっすぐ伸ばしている。叔父を指さしている。その姿勢のまま微動だにしない。
幻覚? ああ、でもやばい気がする。
「叔父さん、散歩でもしようよ」
「まだ暑いよ。日が傾いてからの方が」
「コンビニスイーツ、新作出たの思い出した。早く行かないと売り切れちゃう」
「そうなんだ。じゃあ行こうか」
甘い物好きな叔父はこれでだますに限る。わたしは何かがいるあたりを見ないようにして、床にころがっている自分のショルダーバッグを手に取ると、さっさと玄関から外に出た。叔父ものろのろとあとからついてきた。
一緒にエレベーターで一階に下りてマンションのエントランスを抜けたところで「もしかして何か見えた?」と叔父が楽しそうに訊いてきた。
「黒髪の女の人」
「ああ、あの人かもしれないな。どんな様子だった?」
「叔父さんのこと指さしていた。心当たりあるの?」
「うん。数年前に現れたんだ。前は見えたのに何で今日は見えないんだろう。不思議だなぁ。狙いは僕だから真知ちゃんに害はないと思う。安心してね」
「何それ。正体は?」
叔父は愉快そうに笑いながら「それがよく分からないんだ」と答えた。
「たいていの人は境界がはっきりしている。霊や怪異にどれだけはまっていても生きた自分のいる世界と死んだものの世界をきっちり分けている。でも僕はその境界があいまいなんだ。それをとがめられているような気がする」
「何それ」
ああそうか。ホラーが好きとか傾倒しているとかそんなかわいいものじゃなく。叔父はあっち側に魅了されている。チャンスがあれば何の迷いもなく喜々としてあっち側に行ってしまいそうだ。
「せっかく来てくれたのなら姿を現してくれればよかったのに」
あんなもの、わたしは二度と見たくない。それなのに叔父は友を懐かしむように嬉しそうに笑っている。
夏の日差しは暑くアスファルトにこもった熱も容赦なくわたしを包むのに、わたしの背筋は冷水をあびたようにヒヤッとした。そうさせたのは女の人か叔父か。
(了)
※黒髪の女の人についての短編は「小説家のホラーな一夜」
