鎌倉江ノ島七福神巡りその❺~妙隆寺(寿老人様)
※別ブログ(運営終了)から引越した2007年のレポートです。
妙隆寺への道
お寺を出て、道を左にどこまでも歩いていきます。
平日の午前中のためか、観光客の方はほとんどいなくて、住宅街な空気が漂っていました。
宝戒寺から5分ほど歩くとすぐに妙隆寺があります。
このあたりに七福神が割と集中しているのです。

↓
妙隆寺
徒歩5分圏内
妙隆寺の中は空気が澄んでいてがきれいでした。
↓該当の神社仏閣にはかならず七福神の旗が立っております。

お寺の中は明るくて気持ちいのですが、狭かったです。
妙隆寺の創建は至得2年(1385年)日英上人が開山した。
開基は鎌倉幕府の御家人であった千葉胤貞とされて、通称「千葉屋敷」とも呼ばれている。
胤貞は祖先の冥福を祈るために創建した。
「鍋かむり日親」の厳しい修行を伝える石碑がある。
本堂の右側に日親上人が修業したと言われる池が。上人の像が安置される日親堂がある。
寿老人とは?
寿老人は道教の神仙(神)。中国の伝説上の人物。
南極老人星の化身とされる。
七福神の一柱で酒を好み頭の長い長寿の神とされる。
日本では七福神として知られているが、福禄寿はこの寿老人と同一神と考えられていることから、七福神から外されたこともあり、その場合は猩猩が入る。
寿老人は不死の霊薬を含んでいる瓢箪を運び、長寿と自然との調和のシンボルである牡鹿を従えている。
手には、これも長寿のシンボルである不老長寿の桃を持っている。
気になる用語が並んでおります。
とりあえず道教って。
昨日は四天王だったし。ちなみに蛭子様はイザナギとイザナミの子どもだったりするし、ほんと七福神ジャンル広すぎ問題(笑)
というか、
南極老人星の化身
はい?
初耳の星。
南極老人は、南極老人星(カノープス:りゅうこつ座α星)を神格化した道教の神。
南極仙翁、寿星とも。
『西遊記』『封神演義』『白蛇伝』など小説や戯曲に神仙として登場することも多く、日本では七福神の福禄寿と寿老人のモデルだと言われる。
古くから、南極老人星は戦乱の際には隠れ、天下泰平のときにしか姿を見せないという信仰が存在し、『史記』天官書や『晋書』天文志、『漢書』などには、皇帝たちが秋分の日に都の南で観測する慣わしがあったことが記されている。
この南極老人星が宋代以降に南極老人として神格化され、長寿と幸福を司るものとされた。
『事玄要言集』や『風俗記』には、北宋の仁宗皇帝の前に現れて大酒を飲んだ説話が記されており、長頭短身の老人だったという。
Wikipedia怖いよ、なんでも載っている。
「南極老人星は戦乱の際には隠れ、天下泰平のときにしか姿を見せないという信仰が存在」
これ!
麒麟的存在ではないですか。
改めて色々調べたくなりました。
御朱印が欲しいのです
ご朱印を押してもらおうと何度も呼び鈴を押したのですが、なかなか誰も出てきてくれませんでした(汗)
しばらくしたら奥から男性がひとり出てきてくれました(苦笑)
あまりこんな暑い中、七福神巡りをされている方は少ないような印象でした。
寿老人の場所などを伺い、早速ご挨拶に。
寿老人さんたち
【寿老人様】
「鍋かんむり日親」と呼ばれた傑僧・日親上人ゆかりの妙隆寺。
欅一本造りの寿老人尊像が祀られています。
人々の安全と健康を守り、長寿を司る福神です。
鎌倉七福神ガイドブックより
こちらの建物の中には寿老人様がいらっしゃるのですが。
欅一本造りの像のほうは、外がまぶしかったせいか、中が暗くてよく見えませんでした(汗)
↓寿老人は、この中にいらっしゃいますがよく見えず。

このお寺の中でもっともつよーーいパワーを出していたのがこちらの石の像でして。
てっきりこちらが寿老人かと思いました。
たぶん昔からあるものじゃないんだろうけど、とてもリアルに生きているような気を出してくださっていました。

あとから調べたら、こちらもやはり寿老人の石像とのことでした。
やっぱりそうですよね(笑)
心なしか寿老人さんも眩しそう笑笑
