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【東京の神社】浅草七福神巡❾東京の歴史のはじまり~浅草寺


浅草でファミレスに入る私

浅草七福神巡りも残すところあと一か所になった時点で12:30。
矢先稲荷神社から徒歩12分。

先ほど石浜神社でお蕎麦を食べそこね、朝からあまり食べておらず数時間歩きっぱなしのため、かなりの空腹状態。

よって、浅草寺近くのお店でお蕎麦を食べました(どうしても蕎麦の口になっていた)

じゅらくさんはファミレスだから何でもあったよ。

ファミリーレストラン 浅草聚楽【公式】

お店をさがすのめんどくさいタイプなので、観光地でファミレスに入ることはよくある(笑)

お腹も満ちたし、大好きな浅草寺に行くよ~
(もはや回数がわからなくなるくらいいつも来ている笑)

浅草寺(大黒天)

雨も上がりすっかりいい天気

朝9時半に浅草神社を出て約4時間。13時半頃に浅草寺に戻ってきまして。
このあと飛行機まではまだ時間があるので日枝神社に参拝してこの旅は終了。
(愛宕神社、増上寺、三峯神社、高尾山、そしてこの浅草七福神巡り)
浅草七福神巡りラストの浅草寺。

時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁撈中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得した。
郷司土師中知(名前には諸説あり)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝供養に生涯を捧げた。

聖観音宗 あさくさかんのん 浅草寺 公式サイト - 浅草寺

浅草寺さんのサイトの由緒の書き出しがとてもよき。
そしてこのストーリーがとても美しくてやっぱり好きです。
この観音様を祀るのが浅草寺で、ここに登場する三人を神として祀るのが浅草神社。
どちらも東京では歴史が古く、当時はまだ湿地帯の荒れ地だった東京の地だったが、隅田川近くは陸路への入口であり、早くから開けた場所ではあった。
そこに当時中央が推し始めた仏教が流れ込んできて、根付いた。
それは大きかったと思う。

東京の近郊で最も古くに栄えたのは飛鳥時代の浅草

記録を見ると、最初に宗教施設ができた場所であり、それを中心にそれなりに人が集まっていたと思われるので、東京という狭い範囲で考えるなら、最初に栄えたのは浅草。
当時は陸路は発達しておらず、海や川などで移動していたので、玄関口でもあったのだから自然な流れなのかと。
入口なので、当然雑多な人が入って来た場所。
それは今も同じ。

人を写さないように撮影したけれど、
びっちり横一列に人がいて前に進めず。
その半数以上(もっと)がインバウンド。

浅草の歴史(抜粋)

浅草の起源は、江戸の町(現在の東京)が存在する前の飛鳥時代まで約
1,400 年遡る。
628 年檜前浜成・竹成兄弟が隅田川でに金色の像を見つけ、の賢人の土師中知に見せたところ、観音菩薩を描写したものだとわかり、中知は、自らの家を改装し、この像を祀るための寺を建てた。

今日の境内は、平安時代にこの地域を治めた平公雅が942年に創建した。

この地域が本当に栄えるようになったのは江戸時代になってから。
将軍の庇護を受けるようになってから、参拝客が常に浅草寺へと押し寄せるようになった。

江戸の遊郭、吉原の歓楽街は、1657年の明暦の大火で当初の所在地が焼失した後に浅草に移転した。
また、江戸の歌舞伎街、猿若三座も、浅草に移転し、浅草は娯楽の中心地として栄えるようになった。

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どちらにしても、江戸時代に大きく発展する中で、浅草寺が中心となり人を集め、やがて文化施設もこの地に集まって来て今日の形になった。
浅草寺(浅草神社)は東京の中心地であり、人を惹きつける強力な磁力を持っている。

今日、東京(江戸)の発展は江戸城構築からの徳川幕府にはじまると思われがちですが、こうして浅草というところは古くから宗教的にも文化的にも江戸の拠点であった訳です。江戸が東京にかわったときでも、文明開化の先駆的な役割を果たし、庶民の信仰と文化の一大中心地として機能してきたことも当然といえるのです。

浅草寺 浅草名所七福神 大黒天 - 浅草観光連盟

浅草寺の大黒様

写真を撮れないのが残念だが、影向堂の中でそのお姿を見ることが出来る。
9か所巡ったけれど、しっかり七福神を見れた場所は意外と少なかった。

こちらは鎌倉七福神の布袋様(浄智寺)

ちなみに鎌倉に旅行に行き、やたらに七福神ばかり目にすると思っていたので帰宅して調べたら、その時に私が訪れた神社仏閣は「鎌倉七福神」ばかりだったと知る(笑)
中でもこちらの浄智寺は、なぜか山門にとても惹かれて、わざわざ行った場所で、そこの布袋様がすごく印象に残っていた。
よって、その次に七福神巡りをしてきたという(コンプリート癖がある)

「ようごうどう」と読む。
ここで御朱印をもらえる。
中央に浅草寺の大黒天。
仕事運はこれでばっちり!

そのあとは広くて浅草感のある境内を散策。
もうここで終わりなので、心行くまでうろついた。

まだお花が満開じゃないのが残念
仲見世が大好きだけど、人だらけで見る気になれず
浅草駅っていくつもない??
お得意のアプリの地図を見て、間違った駅にいったからね!
みんなも気を付けて(笑)

浅草の歴史を多少は知っているつもりだったけれど、七福神(9か所)をすべて歩いて回ることで、多次元的に見えてきたものがあった。
圧倒的な歴史の層の厚さと、軽やかさや賑やかさが同居する場所。
江戸の町を知るというより、中央以外の地方の成り立ちを知る上でもとても参考になる場所だった。

まだまだどこまでも深堀したいところだけれど、旅のレポートはここまで。
2022年から私的にはハイペースであちこち旅してきたので、まだまだまとめたい資料がやまほどあるのです。
次は何を書こうかな。
(秦さんシリーズは終わりがないのでそのうちまた書きます)

浅草七福神巡りレポート目次↓



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