【今日読んだ本】聖徳太子 四天王寺の暗号(中山一朗著)
ストーリー
『最初に、俄かには信じられない話から始めなければならない。
「四天王寺に聖徳太子直筆の預言の書がある」
(中略)
「四天王寺は、今まで何度も焼かれ地震で倒壊し空襲にも遭いました。
お太子様の時代のものは何も残ってませんけど、お太子様の書かれた『未来記』は実は今も残っていて、四天王寺の中でも秘儀中の秘儀として隠されています』
(Amazonのサイト内本の概要より)
書き出し
JR大阪環状線・天王寺駅から北へ徒歩約十二分、または地下鉄谷町線・四天王寺前夕陽ヶ丘駅から谷町筋を南へ、徒歩約五分で四天王寺前交差点に行き着く。
感想
歴史の真実は、誰にも突き止めることはできない。
施政者によって都合の良い解釈(征服された側が悪者のように描かれる)で塗り替えられてしまったのであれば、なおさら。
でも私は、遠い時代に生きた誰かの思いを、無念な気持ちで汚名を着せられて、今も悪者のように歴史の教科書に書かれているかもしれない誰かについて、真実を突き止めて伝えたいと思ってしまうのです。
「本当の歴史はたぶんこうでした」と言う類の本はたくさんあります。
中には、えっと年代合わないし、かなり捻じ曲げてる気がする、なんてものもあります。
真摯に書かれた本であっても、それを鵜呑みにしてしまうのは危険だといつも言い聞かせながら読みます。
こちらの本も教科書には載らない内容であるため、慎重に読みましたが、興味深い内容ではありました^_^
昔の2ch(いまは5ちゃんねる)に、時々本人がこっそり真実を書き込んでいたように、たくさんの憶測の中に、真実が紛れ込んでいるかもしれない。
いつもそう思います。
だから私は、洗脳されないように注意深く根拠を探しながら、それでもこういった本を読み漁ってしまうのです。
私が興味を持つのは秦氏であり、そのため彼らが支えていた聖徳太子は切っても切れません。
しかも私は太子のお母様穴穂部間人皇女が好きなのです。
彼女もまた謎に包まれている。その真実を知りたいと思うのです。
こちらの本ではかなり色々面白い視点があったのですが、いくつかご紹介。
この牛王尊こそが四天王寺で、いちばん重要な神様として伝わっている
この牛王尊とは
推古元年(593)創建。
四天王寺が建立される時、建築資材である石や材木を運搬した牛が、伽藍が完成するや否や化して石となったと伝えられ、堂内には牛(ご)王(おう)尊(そん)の巨石が安置されている。
後世、牛は草を食(は)むことから、転じて「子供の顔にできるくさをとってくれる」との信仰を生み、病気平癒を祈る人々によって、牛の絵馬が数多く奉納されている。
とある場所で。
境内では比較的目立たない場所にあるとか。
この牛王を粗末にすると四天王寺が滅ぶため、年に一度秘密の儀式で全僧侶が法要をするらしい。
うむ!
これは!
そして牛王?(スサノオ??)
となる私(笑)
読み進めるとやはり素戔嗚尊。
でも、なぜ聖徳太子の建立したお寺で素戔嗚尊?とか。
蘇我と関わりがあったらしいから?
などと四天王寺と聖徳太子、物部守屋など、謎がどんどん提起され、とうとう間人皇女の謎解きが始まります。
実は蘇我稲目の娘二人が欽明天皇に嫁いでいて、間人皇女は、そのうち妹の小姉君から間人は生まれています。
妹なのに名前が姉?
とちょっと気になりますよね。
そしてもう1人の稲目の娘で欽明天皇の妻が堅塩媛。
後にこちら側から天皇が出る。
(小姉君からも崇峻天皇が出ていますが、稲目の子である馬子に殺されている)
そして同じ稲目の娘なのに、小姉君が産んだ側はことごとく殺される。
間人は殺されないが、その子の聖徳太子には暗殺説があり、聖徳太子の子供たちは皆追い詰められて皆自害している。
なにこの権力闘争。
うむ。
その間人の母に関するかなり面白い視点が書かれていた。
聖徳太子の母が巫女の家柄だと昔何かの本で読んだ(30年前のためタイトルが不明)
あと、額田王もその親戚で、やはり巫女。
天皇は代々巫女を妻にしている、みたいな内容で。
それは絶対あると思っている。
代々天皇そのものが歴史的にシャーマンの役割を担ってきたのだから、妻(未来の天皇の母)に巫女を選ぶのは自然だし、天皇の補佐としても巫女は必要だと思う。
ということで、この本に出てきた間人の家系に関して、面白いしあり得る!と思いまして。
これを元に色々調べたいことが出てきました。
長い本でしたが、充実して面白かったです😊
