認められたい自分を認めたら、キャリアが動き出した
小さい頃の夢は、セーラームーンになることだった。
私はセーラームーンになれると信じて、名門野球部の素振りかっていうくらいにおもちゃのステッキを振りまくった。ただただ楽しかった。
大学生にもなると、さすがに「職業・セーラームーン」では食べていけないので、私は現実的な職業を探した。私の中では「何者」かになりたいという欲が、静かに燃えていた。
ちなみに、その頃の私にとっての「何者」というのは、「仕事が完璧でみんなに褒められる」「フォロワーがたくさんいる」というものすごくフワッとしたものであり、ガラケー時代の誰か分からない写真くらい解像度が低い。
しかし、「何者になりたいでーす!」と大っぴらに言うのはダサいことだというのも分かっていて、自分の中に無理やり気持ちを押し込んだ。だけど認めてほしい気持ちは一丁前にあって、その結果、無駄にプライドだけが育っていった。
私はとんでもないラッキーを引き当て、希望の就職先から内定をもらった。
名刺の渡し方も、メールの送り方もわからないポンコツ社員だったのに、先輩たちは優しくて、夢グループのCMなのかなってくらいなんでも「すごいすごーい!」と褒めてくれた。
これが天職だと思い込んで、「私は一生この仕事一本で行くんだ!」と思っていた。
ところが、数年後ものすごく忙しい支店に転勤になった。これまでが「やや忙しい」だったら「超超超超忙しい」という、ラブレボリューション21を危うく踊ってしまいそうな忙しさ。
私は仕事が遅くて、出来も悪くて、しょっちゅう叱られた。毎日落ち込んだ。
今思えば、最初の配属先には「新卒」というスーパーミラクルな肩書が付いていた。
だから、私がすごいのではなく、ゆとり世代代表の私を上手に指導してくださった先輩方がすごかっただけなのだ。
転勤してからは迷惑をかけないように、何とか仕事をこなす日々。できないところを誰かに聞くのも申し訳なくて恥ずかしくて、土日も残業をしてやっと終わらせる。
忙しくても、仲良く楽しそうに仕事をしている同僚を見て、「私も頑張ってるんだけど……誰か気づいてくれないかな……」と思うものの、自分がやる仕事なんて皆当たり前のようにできている。
そのうち、認められたい気持ちがこじれて、自分ができない理由を「忙しい職場のせいだ」「認めてくれない周りのせいだ」と周囲に押し付けるようになってしまった。
私は、もうきっと「何者」にもなれないんだろうな、と思った。
しばらくして、不妊治療を経て妊娠し、育休に入った。
子どもが生まれて、びっくりした。もう、何もかもが可愛いのだ。眠れないし、授乳は痛いし、肩は凝る。でもそれを差し引いても無限大の可愛さが子どもにはあった。
私は、目の前のこの子が決して「何者」にならなくても大好きだなあ、と思った。そんなの、当たり前のことだけど。
ただ手をつないで「お花咲いてるねえ」と散歩するとか、抱きしめたときの少し汗ばんだつむじの香りとか、ヨーグルトを食べながら顔中真っ白になってる姿とか、そういう小さな日々が丸ごと愛おしくて、そのままとっておきたい気持ちだった。
それと同時に子育てに専念する日々の中で、「今日も、何もできなかったなー」という気持ちになることがあった。
実際には子どもを必死に育てているわけで、友人には「毎日ほんと頑張ってるよ!!」と優しく言ってあげられるのに、どうしても自分には厳しくなってしまう。
何か今の自分にもできることはないかな、と考えた時に浮かんだのが「書くこと」だった。
昔から、書くことが好きだった。だけど、過去に応募した小説のコンテストでは2次審査であっさり落ちて、「向いてないや〜」と、さっさと書くことから逃げ出したのだった。
でも、書くことなら子育て中でもできるかもしれない。
私は子どもを寝かしつけたあとのわずかな時間に、noteを書くようになった。
一緒に寝落ちする日もあるし、子どもが起きてきてしまうこともある。ビュー数も少ないし、フォロワーも増えない。
それなのに楽しくて、心のどこかで、いつか書くことを仕事にできたら、と思った。
noteには「小説家になりたい」「エッセイストになりたい」と堂々と言っている方がたくさんいた。それを見るたびに「よく言えるな……」と、心がザラリとした。
私は、誰にも書くことを仕事にしたいだなんて言えなかった。格好悪いから。
本当は、周囲に言ったらどう思われるんだろうという葛藤を越えて「自分はこうなる!」と言い切れる強さがまぶしかった。
だって、口にしている時点で、その人は私を抜いて、次のキャリアに向かって一歩前進しているのだ。
しばらくして、一通のメールが届いた。
応募したエッセイコンテストの、グランプリ受賞を知らせるメールだった。
私は詐欺かと思って一度メールを閉じ、それからもう一度メールを開いてよく読んだ。
自分が認められた、と久しぶりに思えた。それがとても嬉しかった。「何者」かになった気がした。
でもすぐに、日常に戻った。特にフォロワーが爆増するとか、執筆の依頼が来るなどということはなく、また細々とnoteを書く日々。
自分の文は、まだ荒削りで、共感も面白さも足りないことに気づく。悔しかった。
私は34歳になっても、母になっても、まだ「何者」になりたいともがく自分のことを、みっともないな、と思った。
そもそも、この「何者」になりたい、という気持ちは何なんだろう、と改めて考えてみる。フォロワーが増えること?出版につながるような賞を獲ること?
確かにそれはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけど、それが全てでもない気がする。
私の根っこには、「認められたい」という気持ちがある。それで「何者」になりたいと思っている。
でも、そもそも自分で自分のことを認めてあげられたら、「何者」じゃなくてもいい気がする。
だって、子どもたちのことは「何者」じゃなくても手放しで大好きなのだから。生きてるだけで尊い! という感じ。
「他者に評価を委ねているうちは幸せになれない」「自分を幸せにするのは自分」そんなようなことを何度も、自己啓発本で読んだ。
でも、だ。でも、それができたら皆悩まないのでは!? と気づく。似たような自己啓発本が量産されないのでは!? ――「頑張り屋のあなたが自分を好きになるための処方箋」みたいなやつ。
そんなタイミングで、好きな作家さんのインタビュー記事が目にとまった。こう書いてあった。
「もっと賞が欲しい!!」
「同期が活躍していると悔しい!!」
衝撃だった。直木賞やら本屋大賞やらを獲っている人ですら、そんなことを思っているし、言えてしまうんだ、と。
でも、自分の思ってることをバーン、と外に出せるその作家さんのことがもっと好きになった。かっこ悪さも丸ごと引き受けている彼は、最高に素敵だと思った。
今までの自分は「何者になりたいなんて、ダサい。認めてもらいたがるなんてやめなよ」と、自分の中にある気持ちを無理やり握りつぶしていた。
握りつぶすほどに自分の気持ちはねじれて、よく分からなくなってしまっていた。
もう、ダサくても、認めて欲しがっている自分を認めて、抱きしめて、前に進むしかない。
私は覚悟を決めて書いた。拙い文章だけど、書いているうちに、少しずつ自分のよいところとダメなところが見えるようになってきた。
書くことを重ね、自分を見つめ直すうちに、書くことも本業も私はまだまだやりきっていない、ということに気づいた。
それは、完璧に何かをこなすということではなくて、今自分ができる、自分らしい努力をするということ。プライドばっかり高くしてないで、分からないことは分からないとちゃんと認めて、できる人から学ぶこと。
素敵な文章を書く人は、その文からものすごく熱量を感じる。人に見せたくないようなみっともないところも、エイヤっとさらけ出してくれている。
そこまでいくのには、どれだけ努力して、どれだけ勇気を振り絞ったのだろう。山の、はるか遠くの頂上に素敵なクリエイターたちが見える。手を伸ばしても簡単には届きそうもない。でも、私はいま山を登り始めた。
夜、子どもたちが寝た後、野球を見ている夫に「私はいつか文を書くことを仕事にしたい」とサラリと伝えてみた。
「主夫になる準備はできてるよ」と夫は笑った。仕事はぜひ続けてください。
私はいつか書く仕事がしたい。等身大の文章を書いて、誰かが笑ってくれたら嬉しい。
本業も、諦めたくない。自分も楽しみながら、誰かを喜ばせる仕事をしたい。
そのために、これからも格好悪く、しつこく、「何者」になりてぇ!! と思いながら種をまき続ける。
そしていつか「自分ってけっこういい仕事するじゃん」と思えるおばさんになるのだ。

