甘党のみなさん。激辛カレーに憧れていませんか?
何度か書いているが、わたしは甘いものが好きだ。
でも、わたしは実は甘党であることを恥じ、辛党に憧れているという、歪な魂を持つ甘党だ。
男子たるもの一度は言ってみたいセリフがある。
「甘いもの苦手なんだよなー。食べる?」
これだ。
くしゃっと髪をかきあげながら、少し困ったような表情で言いたい。
ゆったりめのグレーのカーディガンを着て、ヒロインに言いたい。
コースのデザートでも良い。宿でテーブルに置いてある銘菓でもいい。
誰かに甘いものを分けてみたい。
今のわたしは分けるどころか、宿のテーブルにあるお菓子は全部食べている。
家族の誰も食べないからだ。
その上、配偶者が職場でもらったお菓子を与えてもらい、喜んでいる。
ちいかわのお菓子を喜んで食べている。
なんという屈辱だ。
自分の理想とは真逆すぎる。
本当は、辛いものを涼しい顔で食べる人間に憧れているのだ。
赤いスープを前にしても眉ひとつ動かさず、むしろ「もう少し辛くてもいいな」などと言ってみたい。
卓上の唐辛子をたくさん振りかけ、何でもない顔で水を飲まずに完食したい。
辛党の人間には、どこか精神的な強さがある気がする。
いや、変に取り繕うのはやめよう。
辛いものが食べられることは、かっこいいことだ。
少なくとも、わたしにとってはそうだ。
あんみつの黒みつを最後までスプーンで掬う人間よりは、かっこいいのだ。
当然、わたしも何度か辛党への道を歩もうとしたことはある。
ある日、蒙古タンメン中本を食べにいった。
有名だし、みんなおいしいと言っているし、わたしも一度くらいは通過しておくべきだと思ったのだ。
結果、敗走した。
ひと口目は「お、いけるかも」と思った。
二口目で雲行きが怪しくなり、三口目で口の中が発火した。
辛い……!
うまいとか、深みとか、旨辛とか、そういう話ではない。
単純に辛い。この振り仮名は『つらい』だ。
腹を括り、戦場で敵を斬る侍のように、目の前の『辛(つら)』をただ食べ続けた。
辛党への道は、開始10分で負け戦となり、早々に敗走した。
CoCo壱でも同じようなことがあった。
普段なら普通の辛さで十分なのに、なぜかその日は色気を出して2辛にした。
2辛。
字面だけ見ると大したことなさそうだ。
1辛の次。小学2年生みたいな響き。
わたしもゆうに30年以上は生きた大人だ。
2辛ごときに舐められては困る。
フン……お手並み拝見と行こうか。
しかし、わたしにとっての2辛は明らかに背伸びだった。
というかCoCo壱の2辛は絶対「2」じゃない。わたしの体感では「8」はある。
最初は「いけるじゃん。ふふふん。」と調子に乗っていた。
でも、すぐにスプーンが止まる。
カレーを食べているのに、なぜか人生について考え始める。
なぜ2辛にした。どこの誰に見栄を張っていた。
そもそも辛さに強いことは、人間としてそんなに偉いことなのかよ。
再び動き出したスプーンを他人事のように見ながら、わたしは静かに後悔していた。
甘いものが好きなら、甘いものが好きでいいではないか。
辛いものを食べられる人はかっこいい。
それは認める。
でも、宿のお菓子を全部食べる人間にも、きっと役割がある。
誰にも食べられず、ひっそり残される銘菓を救っているのだ。
ほら、わたしは旅館菓子界の最後の砦だ。
そう考えると、わたしは別に恥じる必要などないのかもしれない。
ただ、それでもいつか言ってみたい気持ちはある。
「甘いもの苦手なんだよなー。食べる?」
そのセリフを口にする自分は、おそらく今後も訪れない。
もし訪れたとしても、きっとそのあと小声でこう付け加えてしまう。
「……いや、やっぱり半分だけもらっていい?」
