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「ありがとう」は最強の言葉で、ツールかもしれない

「運、悪すぎひん」
自分で言ったわけではなく、まわりの人に言われたことはありますか?

私は夫や子どもに、いつも言われていました。

確かに、思い当たる節があります。

やってみたい仕事に近いことができると思って転職したら、パワハラ、モラハラのやばい職場だったことがありました。

他にも、スーパーでチャージ機に並んでいたら、
「それ以上、近づくな」
と高齢男性に普通の距離感で言われたことも。

ちょっと前、電車で遭遇したのは、酔っ払いの高齢男性に隣に座られ、眠いのか、思いっきり、肩に頭が乗せられたことがありました。

酒臭さで、心の中では「ギャーッ」。普通に座るだけなら仕方ないですが、これは完全にパーソナルスペースを侵してますよね。

この時は、隣に座られた時点で立てばよかったなと思いました。

こんな感じで、家族に言われているのは「そんな人いる?」って人に遭遇しがちだそうです。

でも、こうならないようにするにはどうしたらいい?と思っても、悩んでも答えが出るものでもなくて……むしろ、私が遭遇しない方法を知りたいです。

でも、できることから考えてみようと思い、自分なりに工夫を始めました。

ネガティブに捉えそうになった時には違う角度で見るようにしたり、イヤな言葉は受け取らないようにしています。

その中のひとつが「ありがとう作戦」。絶賛お試し中です(笑)。

ありがとう作戦って何?と思った、そこのあなた。どうも運が悪いと感じている通りすがりのあなた。目次だけでもチラ見していきませんか~?



ありがとう作戦とは?

読んで字の如く、なんのひねりもなく、そのままですみませんって感じですが……(汗)。

日々「ありがとう」を使うようにするだけ。

いや、そんな話、ウン万回も聞いてるわと思った、そこのあなた。
もうちょっとだけ読み進めてくださると、嬉しいです。

実際、このシンプルな方法で、日々がいい感じになっている気がするんですよ。

「ありがとう」最強やんと思っています!

中学時代、九州から関西へ引越をした経験があります。
お店やバスでも「ありがとう」と言っている文化がそれまではなく、ウン十年たった今でも、違和感があって、あまり使ったことはありませんでした。

なぜ言わなかったかと、自己分析してみたところ、無意識で以下のように思っていたような気がします。

①バスで運転手さんに「ありがとう」って、きちんと乗せるのが普通だから、当たり前と思うけど。お礼いる?

②お店でありがとうって、客だから「ありがとうございます」って言われるの普通じゃない

自分が思っていたこと

うーん、恥ずかしながら、あまり優しくない発想ですよね。

少々、これには事情がありまして。接客業に従事する中でカスタマーハラスメント、いわゆるカスハラにあった経験があります。

その経験から、自分が従業員の時はお客さまはどんな人でも丁寧に接しなければならないと思っていました。実際、ひどいクレームにもできる限り、丁寧に対応していました。

きっとその中で、少しずつ少しずつ、目には見えないところで心が疲弊していったのだと思います。

だから、自分がお客さまの立場になった時、感謝の気持ちが持てなくて、当たり前だと思っていたのかもしれません。

今でこそ、カスハラ対策が取り沙汰されるようになりましたが、当時はお店側の指導もひたすら丁寧にお客さまに接するという指導でした。

カスタマーハラスメント多発の職場を離れて、やっと、私は私らしさを取り戻せたのかもしれません。

だから、今は言うことに抵抗感がなくなりました。

①のバスのありがとうは、きちんと乗せたからだけじゃなく「無事に目的地まで安全に連れてきてくれてありがとう」の角度で考えることもできますよね。

自分にも厳しく生活した結果、まわりに対しても厳しい人になっていたのかもしれないと、最近になって気づきました。

②は店舗で接客をしていた時代のこと。他のお店で微妙な対応を受けると、自分ならこうするのに、と気になることが多かったんですね。

だから、納得のいく接客を受けた場合は「ありがとう」と思って言えるけれど、ビミョーな場合は言いたくありませんでした。

ビミョーな接客は、プロ意識が欠けている、この人と思っていたから。

でも、今はバイトっぽい人にプロ意識を求めてもしょうがないと思えるようになりました。世の中、いろいろな事情で働いている人がいるからプロ意識に欠けている人がいたとしても、それは相手の問題であって、私の問題ではないことにも気づいたからです。

対応してくれて「ありがとう」。それでいいと思っています。


ありがとう作戦とは?


自分に厳しくすることの代償

「ありがとう」を使えば、自分が関わる人たちにも笑顔が増えます。
笑顔が増えれば、ネガティブなことよりもポジティブな出来事に遭遇する率が上がると思うんですよね。

どなたかの講座か発信で見た話で、「自分に厳しくするのはセルフパワハラである」という話を見たことがあります。

そっか、私、ずっとセルフパワハラをしていたのかもしれないと、この時、気づきました。

パワハラ、モラハラなどを受けている時。その言葉を受け取らないように心がけていた時がありました。それで、当時はなんとか乗り切っていたとしても、無意識で心のダメージになっていることがある、と最近、ある方に教えてもらいました。

私が「ありがとう」を言えない心理の奥底にあったのは、心のダメージだったのかもしれません。

ずっと自分を認められず、何かが足りない、足りないと半世紀近く、思い続けていたような気がします。

そもそもの話、完璧な人間なんていないし、あーだこーだ、誰かが自分のことを言ってくるのなら、だいたいは適当にその人が思うことを言っているだけ、なんですよね。

誰かが私に対して向けた言葉が、その人の思うことだったなら。それが自分にはイヤな言葉だったとしたら、受け取らなくていいです。

心のダメージを考えるなら、本当は最初から聞きたくないけれど。相手を言わないようには変えられないから、自分が受け取らない作戦を取るしかないんですよね。

時と場合によっては「鈍感力」が、人生を乗り切る上で必要なのかも。

HSPさんや繊細さんには、厳しい鈍感力。世渡りする上では、使えるようになっておくと、自分の心を守れる確率が上がりそうです。


気をつけたい3箇条


肩の力を抜いてみよう!

自分に厳しくするのをやめると、まわりの人に対しても寛容になりました。

ま、そういうこともあるよね、という感じ。いい意味で、肩の力が抜けた生活を送っています。

「ありがとう」に対しても、軽く使えるようになりました。それは、誰かが自分のために何かをしてくれたら、それはすでに「ありがとう」な出来事だから。

お金を取られるわけじゃないし、それで人生がよりよくなるなら「ありがとう」、バンバン使っちゃおうぜぃって感じ(笑)。

ありがとうは、最強に誰かを幸せにする言葉みたいです。


視野は広めにもっとこ!

今考えると、ありがとうを言えない私は、視野が狭く、世界が狭かったと思います。最近まで、人のいい面よりも悪い面が気になってしまう方でした。

それは生まれもった気質のせいかもしれないし、育ったり、過ごしたりした環境かもしれません。

人のいい面より悪い面が気になるとかは、自分が気づけば、物事の見方を変えられます。

人間、誰だって悪い面はあります。それは私自身もです。100%いい人でいるのは、無理じゃないですか。どす黒い感情にのみ込まれそうなことだって、時にはあるんですよ、誰しもね。

だからこそ、その人の悪い面と向き合って付き合っていくよりも、いい面を見て付き合っていく方が、お互いにハッピーな関係を続けられると思いませんか?

あらゆる角度で見方を変えても、相手から攻撃を受けているなどでそれが難しそうな人からは、距離を取るしかないですけどね。むしろ、それは全速力で逃げた方がいい場合もあるかもしれません。

世の中には何をしても自分を嫌う人が一定数いるそうだから、時にはそういう残念な出来事も起こることはあります。

でも、そんな人はごく一部のはずだから、できる限り、その人のいい面を見る方が、自分の人生にとってもお得かなと最近は考えているところです。


視野は広めの方がよき


おっと、そんな人にもありがとう!?

自分にイヤなことをしてきた人というのが、ある程度生きていれば、一定数いますよね。

HSP気質がある私は、そういう人たちの存在が時々フラッシュバックして、苦しくなることがあります。

でも、最近気づいたこともあったんですよね。そういう人たちがいなければ、気づけないことも中にはありました。

気づかなかったことで動けなければ、今の私の生活はなかったでしょう。

そういう風に考えると、自分の人生の方向転換を促してくれる人でもあったということ。

この道に進みたいのに、なんかうまくいかないなって時の原因が人だった場合は、その人を恨んでしまいそうになるけれど。実際、私もそうでした。

でもね、もしかしたら、それって、ここにはいない方がいいってサインの可能性もある気がします。

だから、自分がしんどくなるなぁって人がいたとしても、その人に心を支配されるのではなく、その時にやっていることを見るといい気がします。

それが例えば仕事だったとしたら、
「これだけ注意を受けるのなら、私、この仕事に向いていないのかもしれない」
となるかもしれないし、やってみて向いていないと思うなら、他を探した方がいいこともありそうです。

さすがに、今、何かをされていて、そういう人に対して「学びを与えてくださって、ありがとうございます」は、直接言うとイヤミを言う、やばい人になりそうですが……(笑)。

物事がうまくいかない原因を作った人がいたとして、それは気づくべきことに気づかせてくれた場合もあります。

「あー、私。ここにいちゃいけないんだ」ということなのかも。

心の中で「気づかせてくれて、ありがとう」を伝えたら、それでいいかなって。

そうすることで、当時は苦しくて、辛い出来事だったとしても、時と共に傷が癒える感じがします。

実際、苦しい日々にはわからなかったけれど、その頃の学びを胸に、今の私は前に進めるようになりました。

あのまま、あの場に留まらなくてよかったということが、人生の中で何個かあります。


辛い出来事の中にもありがとう


意外と難しい家族へのありがとう

夫は、感謝や謝罪の言葉が言えない人みたい。
あることを調べていて、そのことに気づきました。

相手が言わない言葉を、妻の私側だけが言い続けることは、意外としんどいです。

夫の場合、私が言い続けたとしても、相手から返ってくることはありません。夫と似た気質を持つ人が職場などにいた場合も、同様のことが起こるそうです。

そのことを知った時、私の中で決めたことは、自分がしんどくならない範囲で「ありがとう」を伝えていくことでした。

私はいろいろな情報収集をして、家族やまわりのことを一生懸命に考え、HSP特有の共感力を武器に、自分を変えて対応してきました。

でも、それが自分が望んだ道だったのか、ある日、ふと、わからなくなりました。

だから、外で言うほど、家庭内ではありがとうを言えていないかもしれません。私の中では、現在進行形でこれからの課題です。

一つ言えることは、対応するために自分の対応を変えたとしても、自分自身の根本まで変えなくてよかったということ。自分の根本まで変えなきゃと思うと、生きていくのが本当に苦しくなります。

自分が大切にしていることは、自分の心の中でも持って、守って、大丈夫だったんだって、今さらですが気づきました。


話は褒めから入る方がいいよね

とてもありがたいことに、今、仕事で「ありがとう」と言ってくださる方がいる環境にいます。

やっぱり、嬉しいですよね。だから、私が意識的にやっている「ありがとう作戦」は、きっと正解なのかなって、自画自賛中。

仕事でも、家庭でも、何かを伝えたい時の順番は、肯定から入った方が相手に言葉が伝わる気がするんですよね。

例えば、仕事で何か注意したいことがあったとして。

①否定から入る会話

○さん、この処理内容なんですけど、やり方が違っているんですよね。
いつもお仕事してくださっていることは、感謝しているんですけれど……。

否定バージョン

②肯定から入る会話

○さん、毎日のお仕事、ありがとうございます。とても助かっています。
ところで、この処理内容なんですけど、やり方が違っていまして……。

肯定バージョン

②の方が、相手がしっかり聞いてくれると思うんですよ。

人間、イヤなことを言われると、そこから先って聞いていない気がします。

だから、まず褒めや肯定で自分の言葉を伝えて、その後、言いにくい否定の話題の順番の方がよさそうです。


話を肯定もしくは否定から話した場合のこと


ひとことが広く遠く影響を与えることもある

バタフライ効果って言葉を知っていますか?別の言い方では、バタフライエフェクトって言うこともあります。

力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象[1]カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現である[2]

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

うーん、わかりにくいですね。要は、小さな変化や出来事が予想外に大きな影響になることがある、という意味になります。

昔の私は、ちょっとやさぐれてて「ありがとう」って言ったからって、何になるねんって思っていた気がします。

でも、きちんと感謝の言葉を伝えるだけでも、ちょっとずつ世界が変わっている気がするんですよね。

他にも「ありがとう」と言えるかは、自分が元気かのバロメーターになる気もします。いろいろなことが重なって、辛い時、あまり言えなくなったことがありました。

ムリな時はやらなくてもいいと思うんですよ。ただね、変なもので言えなくなると、負のスパイラルになるのか、運気が下がる気もします。

水に小さな一滴を落とした時に、その波動がまわりに広がっていくように、自分の口から発する言葉も思わぬことに発展することもありませんか?

そういう風にまわりに影響を与えるなら、蝶ならそのひと羽ばたき、水なら一滴。最初に起こすのは、良いことの方がいいですよね。

それなら、自分がそのトップバッターになるようにすればいいと気づきました。

人と話すのは、できるなら悪いことより良いことの方がいいに決まっています。

自分もまわりも幸せに。その循環や影響がうまくいくと、生き方としては幸せになれそうな気が最近しています。


バタフライ効果


毎日が100点満点は難しいけれど……

「ありがとう」を使う場面が増えると、自分も相手もハッピーになれます。

ハッピー循環で、平和に日々が過ごせるなら、一番、幸せなのかもしれません。

だって、明日も普通の日が絶対来るなんて、誰にもわかりません。

数えるまではしなくていいけれど、ありがとうを使って、自分もラクに、誰かもハッピーにしていけたら、最強な日が増えるかも。

私自身も疲れていると、とっさに出ないことはあるので、できる限り、使っていこうと思います。

そして、感謝の言葉を相手の人にきちんと伝えられる人でありたいと考えています。

人生、毎日が100点満点はありません。でも「ありがとう」と使っていれば、60点とか、まぁまぁの点数はつけられる日も増えそうです。

もちろん、今日は10点だわ……なんて、落ち込む日もあります。でも、過去の経験からすると、そんなの、連日は続かないかなって。

晴れの日だって、雨の日だってあるし、雨の日が一概に悪いとは言えないですしね。

もしかしたら、雨の日で出会えた人があなたの人生を変える人かもしれない。そんなの、誰もわからないです。

だから、思わぬ出来事に振り回されるよりも、自ら「ありがとう」を言い続けて、人生、晴れの日を増やしたいと思う今日この頃です。

人生の雨の日、涙が止まらなくなっちゃうこともあったけど、雨は降り続けないです。その出来事で学んだことが、自分の人生を好転させることに繋がるかもしれません。

そう考えると、人生万事塞翁が馬って言葉にもあるように、人生の幸不幸って、その時の出来事だけでは決められないものなんですよね。

それなら、できる限り、前向きに捉えて、ありがとうって伝え続ける方がいい気がしました。

「ありがとう」を使って、晴れの日を増やしていきましょう!

ネガティブ思想の私が、前向きに取り組み中です。
う、無理かも……と思う日も、もちろんあるんですけどね。

ありがとうの先に広がるのは、お互いに尊重できる、感謝できる、優しい世界であったらいいなぁと思っています。

人は一人では生きていけません。
だからこそ、平和に穏便に人間関係を築ける人って、どんな資格よりも最強のスキルになりそう。

「ありがとう」をどんどん使って、ハッピーの輪を広げられたら、本当に素敵だなって思います。

まだ試したことないよって方は、ぜひ読み終わったら、「ありがとうを言う」を試してみてくださいね。

日々の生活をそこそこ笑顔で乗り切れるといいですよね。

何かが起こった時、前向きに乗り越えられる考え方が自分の中にあると、生きるのがちょっとはラクになる気がします。

生きるのが苦しくて、何もかも投げ出したい夜もあります。投げ出さないためにも、無理なく笑って過ごせるように。私自身もそんな日を積み重ねていけたらなと思っています。

お金もかからない「ありがとう作戦」で運を良くして、元気な日々を送っていきましょう〜!


ありがとうは最強の言葉ツール





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