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「嫌い」はどこに持っていけばいいの?

漫画のワンピースでは「何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ」というセリフがあるらしく、ネットミーム化するくらいには共感を集めているようだ。

最近、世の中はどうも「好き」ばかりが幅を利かせている。
まあ、わかる。
「好き」はポジティブな感情で、他人に見せてもあまり問題ないものだから。好きなことについて語るのは楽しいだろう。

誰かのことを知ろうとするとき、あるいは自分のことを誰かに知ってほしいとき、多くの人は「好きなこと」について聞いたり、話したりするだろう。もちろん最初はそれでいいし、その方がいいと思う。

でも、じゃあ「嫌い」という感情はどこへ持っていけばいいのだろう?
べつに他人をバカにしたり腐したいわけじゃない。けれど、自分が「なんか嫌だな」と思った感情の行き場がない。

人は誰でも「好き」と「嫌い」、あるいは「ポジティブさ」と「ネガティブさ」を両方持っているはずだ。
誰かの「好き」だけをいくら聞いても、その人の半分しか分からない。
いや、実際にはたぶん、半分も分かってないんだろうな。分かった気になってるだけ。

そういえば、ドラマ『いちばんすきな花』で、椿さん(松下浩平)が夜々ちゃん(今田美桜)の美容室に初めて行ったときに、初対面なのに「花屋が嫌い、教室みたいだから」と話してたな。そのときは2回目が無いはずだったから、人間関係のリスクなんて気にしなくて良かったから。
初対面の人と、嫌いなことについて話すのは、関係性を壊すリスクが高い。

ネガティブなことを話すか迷ってしまうとき、「こんなことを話したら嫌われてしまうんじゃないか」という不安もあるだろう。でも、それで嫌われるようなら、もともとその程度の関係だよな、とも思う。
もちろん、そんなにあっさりばっさり人間関係を切りたいわけではない。
ただ、恐れや不安が残ったままの関係はどうせ長続きしない。しんどいから。

ところでネガティブな話をされたとき、受け取る側の反応としては、過剰に肯定したり、同情したり、共感したりするのは、なんだか居心地が悪い。
演出っぽさを感じてしまうと冷めてしまう。
私はだいたい「へえー、そうなんだー」とか「なるほどー、そういうこともあるのね」くらいで、出来るだけフラットに反応したいと思っている。
フラットに、落ち着いて、深掘りしたい。私は他人のネガティブな感情にすごく興味がある。

好きな人と、好きな人が嫌いなことについて話せないのはきっと寂しい。
好きなことも嫌いなことも、得意なことも苦手なことも、ポジティブさもネガティブさも、相反することの両方を話せる相手はとても貴重だ。

古くなったモバイルバッテリーを捨てたいのに、世の中は「ここに捨ててはいけません」みたいな禁止事項しか教えてくれない。肝心の捨て方が分からない。

もし、捨て方を教えてくれる人がいたらさ、一緒に捨てにいって、そういう話をたくさんしようよ。

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