【本】一汁一菜でよいと至るまで 土井善晴 新潮新書
「料理」を通じて、土井善晴というひとりの人間が、どのように形作られてきたかを描き出す一冊になっていると感じた。
父は土井勝。土井善晴が幼い頃から、すでに家庭料理研究科としてテレビ番組を持ち、日本中のお茶の間にその名を知られる存在。そんな父親の背中を見て育った土井善治が、フランスでの修行時代を経て、帰国後は料理研究家として、料理学校の教授、経営者として、さらにはレストランの企画運営に携わるプロデューサーとして、経験を重ねるたびに、仕事の幅を広げていく姿は、彼自身の言葉で控えめに語られるとはいえ、とてもドラマチックだ。
枠にハマるのではなく、自ら積極的に色々な人に会い、語り合って視野を広げてきた土井の言葉から、いくつか面白かった部分を取り上げてみる。
ものの価値とは何かに気づくという話
「例えば、5000円の器と50万円の器の違いはなんであるのかがわからない。誰かが「これはええな」と言った途端によく見える。後年そういうことがなくなった時、その理由がわかりました。」
そして、こう続ける。
「人の言葉に影響されて感情の変化が起きるうちは未熟なのですね。いいものは話を聞く前からいいものなのです。」
さらに、一汁一菜を提唱する意味として、こんなことも言っている。
「地球と人間の間に料理があります。料理をすることは、地球を考えることです。」
「どうぞ料理をしてください。料理をすれば、地球を想うことができるでしょう。」
言うまでもないが、食べるということ、そして食べるものを用意するという行為は、やはり人間が生きていくという営みとは切り離せない大切なものなのである。そしてそれは私たちの星、地球とつながっている。
本来は、先に「一汁一菜でよいという提案」を読んでから、本書を読むべきかとも思ったが、決してそんなことはなかった。土井の人柄と考え方に積極的に触れることができた今、これからこの本に移っても、きっと得られるものは小さくないと思える。
味噌汁、久しぶりに作ってみようかな。
