幹部が動かない会社の多くは、やる気の問題ではない
『任せているのに動かない』という苦しさ
「任せているのに、動かない」
これは、多くの経営者が一度はぶつかる悩みです。
現場を見ていると、明らかに幹部に任せた方がいいことがある。
自分一人で抱え続けるのは限界がある。
だから役割を渡そうとする。
でも、思ったように進まない。
言われたことしかやらない。
先回りしない。
判断を持ち帰る。
こちらが気づいてほしいことに気づかない。
すると頭の中で、いろいろな考えが回り始めます。
「やる気がないのだろうか」
「能力が足りないのだろうか」
「そもそも任せる相手を間違えたのだろうか」
「いや、自分の関わり方が悪いのだろうか」
このテーマは、人の問題に見えるぶん、感情が乗りやすい。
だからこそ、話がこじれやすいのです。
そして厄介なのは、経営者自身もだんだん分からなくなっていくことです。
本当に幹部の問題なのか。
自分の伝え方の問題なのか。
それとも、その間にある何か別のズレなのか。
ここが曖昧なまま進むと、関係も判断も、少しずつ苦しくなっていきます。
『やる気がない』と見えたときに、一度立ち止まった方がいい理由
幹部が動かないとき、多くの人はまず「人」を見ます。
やる気があるか。
能力があるか。
責任感があるか。
危機感が足りないのではないか。
もちろん、本当にそういう問題があることもあります。
ただ、実際の現場では、それだけで説明できないことがかなり多い。
なぜなら、『動かない』という現象は、人そのものの問題ではなく、認識のズレから起きていることが少なくないからです。
経営者は「任せた」と思っている。
でも幹部側は、「一部を手伝う話だと思っていた」かもしれない。
経営者は「ここは自分で判断して動いてほしい」と思っている。
でも幹部側は、「重要なことだから勝手に決めてはいけない」と思っているかもしれない。
経営者は「このくらい言えば伝わる」と思っている。
でも幹部側は、「何をどこまで期待されているのか分からない」と感じているかもしれない。
この状態を、そのまま「やる気がない」とラベルづけしてしまう。
すると、本当は設計で解ける問題が、人の性格や資質の問題に見えてしまいます。
ここが、かなり大きな分かれ道です。
『問題は人ではなく、認識のズレにあることが多い』
経営でよく起きるのは、『人の問題に見えて、実は構造の問題だった』ということです。
幹部が動かない。
この見え方自体は事実かもしれません。
でも、その原因まで「やる気がない」と決めてしまうと、解き方を間違えやすくなります。
本当によくあるのは、経営者側の期待と、幹部側の理解がずれているケースです。
経営者は、頭の中に完成イメージを持っています。
「この方向で進めてほしい」
「この程度までは自分で判断してほしい」
「この場面では先に共有してほしい」
けれど、そのイメージが言葉になっていないことが多い。
すると幹部側は、自分なりに安全に動こうとします。
下手に動いて怒られないように。
越えてはいけない線を越えないように。
余計な判断をして責任だけ背負わないように。
その結果、経営者から見ると『動かない』になる。
でも幹部側からすると、『どこまで動いていいか分からない』なのです。
ここを見落とすと、話はすれ違ったままになります。
経営者は「もっと主体的にやってくれ」と思う。
幹部は「いや、どこまでやっていいのか分からない」と思う。
お互いに不満はあるのに、お互いの内側は見えていない。
この状態は、能力の問題というより、『役割定義が言語化されていない問題』と見た方が正確なことが多いのです。
『任せたつもり』と『任された理解』は同じではない
ここで、よくある場面を考えてみます。
経営者が幹部にこう言います。
「この件、任せるよ」
言った側としては、かなり明確に感じています。
任せたのだから、自分で考えて、自分で判断して、必要なら周りを動かして進めてほしい。
そういう期待が乗っています。
でも、受け取る側が同じ理解をしているとは限りません。
幹部側はこう思っているかもしれない。
「自分が実務の中心になるという意味だろう」
「大きな判断は最後に社長確認が必要だろう」
「進捗は聞かれたら答えればいいのだろう」
「問題が起きない範囲で進めればいいのだろう」
つまり、『任せた』という一言の中に、実は大量の前提が埋まっているのです。
完成イメージは何か
どこまで自分で決めていいのか
誰を巻き込んでいいのか
何をいつ報告するのか
どの状態をもって完了とするのか
これが共有されていなければ、『任せた』は成立しているようで成立していません。
ここにズレがあると、経営者は「なぜそこまでしかやらないのか」と感じる。
幹部は「そこまで求められているとは思っていなかった」と感じる。
この差が積み重なると、信頼の問題に見え始めます。
でも、最初に起きていたのは、人間性の問題ではなく、定義の不足かもしれないのです。
『動かない幹部』の正体が、実は“慎重な幹部”であることもある
幹部が動かないように見えるとき、実は怠けているのではなく、慎重になっているだけのこともあります。
これは一見似ていますが、中身はかなり違います。
たとえば、過去に勝手な判断で叱られた経験がある。
あるいは、判断基準が曖昧なまま責任だけ問われた経験がある。
そういうことがあると、人は自然と様子を見るようになります。
「ここは勝手に決めない方がいいだろう」
「まず確認した方が安全だろう」
「余計なことをしてズレるくらいなら、止めておこう」
こうして慎重になっている状態を、上から見ると『動かない』に見えることがあります。
でも本人の内側では、『やる気がない』のではなく、『事故を起こしたくない』だけなのかもしれない。
ここを見誤ると、さらに苦しくなります。
経営者は「もっと前に出ろ」と言う。
幹部は「どこまで出ていいか分からない」と感じる。
そのまま押し込むと、ますます慎重になる。
だから、動いていないように見える人に対して、すぐに精神論をかぶせるのは危険です。
必要なのは、「なぜ動けないのか」を、やる気・能力・構造に分けて見ることです。
『任せる』なら、最低でも三つは言語化した方がいい
もし幹部が動かないと感じているなら、一度だけ確認してみてほしいことがあります。
それは、次の三つです。
『1 何を期待しているか』
最終的に、どんな状態になっていてほしいのか。
何をもって「任せた仕事が進んだ」と見るのか。
経営者の中では明確でも、相手には伝わっていないことがよくあります。
「進めておいて」ではなく、
「どこまで進んでいればいいのか」が必要です。
『2 どこまで判断してよいか』
ここが曖昧だと、人は止まります。
自分で決めてよい範囲。
相談してから動く範囲。
必ず承認が必要な範囲。
この線引きがないと、動ける人でも動きにくくなります。
逆にここが明確だと、かなり動きやすくなります。
『3 何を報告してほしいか』
任せたあとに不安になるのは、多くの場合、見えていないからです。
どのタイミングで。
どの程度の粒度で。
何が起きたら共有してほしいのか。
これが決まっていないと、経営者は「何も報告がない」と感じ、幹部は「必要なら言うつもりだった」と感じます。
つまり、ここでもズレが起きます。
『この三つを言語化していないなら、やる気より設計を疑った方がいい』
幹部が動かないとき、まず人を疑いたくなる気持ちはよく分かります。
実際、腹も立つと思います。
でも、もし次の三つをまだ十分に言語化していないなら、
何を期待しているか
どこまで判断してよいか
何を報告してほしいか
問題は『やる気』より先に、『設計』にあるかもしれません。
ここを整えずに、「もっと主体的に」とだけ求めても、相手は動きにくいままです。
むしろ、曖昧な期待だけが増えて、関係が悪くなることさえあります。
逆に言えば、この三つを整えるだけで、見違えるように動き出す人もいます。
それは、その人が急に成長したのではなく、動ける構造ができたからです。
人を責める前に、まず設計を見る。
これは、感情が乗りやすいテーマほど大事な視点だと思います。
『締め』
人の問題に見えるものほど、実は構造の問題であることが少なくありません。
幹部が動かない。
その見え方自体は事実かもしれません。
でも、その原因まで「やる気がない」と決めてしまうと、本当は解ける問題まで解けなくなります。
この記事で書いたのは、幹部をかばう話ではありません。
また、経営者が悪いと言いたい話でもありません。
そうではなく、『ラベルの貼り方を一度見直した方が、解きやすくなる問題がある』という話です。
有料記事では、こうした「ラベルの貼り間違い」をどう見直すかを、疑似面談の形でかなり具体的に解説しています。
幹部の問題なのか。
自分の伝え方の問題なのか。
それとも、その間にあるズレなのか。
そこを見極めたい方には、続きがかなり役立つはずです
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