カールマルクスが渋谷に転生した件 32 西野、二刀流を決断する(後)
西野、解説する
「私たちに欠けているのは、システム全体を問い直す視点です」
西野がホワイトボードに大きな円を描く。
「環境破壊、気候変動、生物多様性の損失...これらは単なる技術的な問題ではありません。これは」
彼は円の中に「成長」「消費」「搾取」と書き込んでいく。
「現代資本主義システムそのものが生み出している矛盾なんです」
「具体的には?」さくらが身を乗り出す。
「例えば、スマートフォン」西野がポケットから自分のスマホを取り出す。「環境に優しいエコ製品として売り出される新製品。でも、その製造には大量のレアメタルが必要で、採掘による環境破壊が起きている」
「ふむ」マルクスが頷く。「一方での『環境配慮』が、別の場所での搾取と破壊を隠蔽するというわけか」
「その通りです。さらに」
西野は新しいタブを開く。
『2024年度 環境技術開発ロードマップ』
「政府は『グリーン技術』の開発を推進していますが、その目的は明確です。新しい成長産業の創出です。つまり...」
「環境問題を、新たな利潤追求の機会に変えようということか」
マルクスの髭が震える。
「ええ。フクヤマは『歴史の終わり』で、自由民主主義と資本主義の勝利を宣言しました。でも、その資本主義こそが、人類の生存基盤を掘り崩している」
西野は再びホワイトボードに向かう。
「必要なのは、以下の三つです」
1. 脱成長の経済学
- GDPに代わる幸福度指標
- 地域循環型経済の構築
- 労働時間の削減
2. 民主的な科学技術
- 市民参加型の研究
- オープンソースの環境技術
- 特許の共有化
3. グローバルな連帯
- 先進国と途上国の格差是正
- 技術と知識の共有
- 環境難民への対応
「だから私は、大学と共創体に残ることを選んだんです」
西野が静かに、しかし力強く言う。
「研究室では、環境問題の本質的な理論研究を続ける。データも収集する。でもそれを、従来のような論文だけで終わらせるのではなく...」
「Das Kapital TVでの発信も」ケンジが目を輝かせる。
「そう。でも、それだけじゃない」
西野は新しいスライドを開く。
『市民環境研究所』
『オープンラボ計画』
『環境データアーカイブ』
「これは?」さくらが食い入るように画面を見つめる。
「大学の研究室を、文字通り"開かれた場"にしようと考えています」
西野の声が熱を帯びる。
「市民や学生が自由に参加できる研究会、環境データの共有プラットフォーム、そして何より...実践との結びつき」
「実践?」
マルクスが身を乗り出す。
「共創体のネットワークを使って、各地の環境運動と連携します。例えば...」
西野が具体例を挙げていく。
「再開発に反対する住民運動、里山保全に取り組むNPO、脱プラスチックを目指す学生団体...」
「理論と実践の結合か」マルクスの髭が誇らしげに揺れる。
「フクヤマは間違っていました」
西野が窓の外を見やる。
「歴史は終わっていない。むしろ、本当の意味での変革の可能性が、今ここにある」
「先生」
さくらが決意を込めて言う。
「私たち、手伝います」
「ああ」西野が満面の笑みを浮かべる。「これからが本当の勝負です。政党や省庁の力を借りなくても、私たちには...」
マルクス、西野から学ぶ
その時、研究室のドアがノックされる。
「失礼します」
若い女性研究者が顔を出す。
「あの、西野先生...」
「ああ、藤田さん。どうぞ」
「環境経済学会から、次回大会のシンポジウムの依頼が」
彼女は一通の封筒を差し出す。
「テーマは『ポスト成長時代の経済学—理論と実践の新展開』だそうです」
西野は封筒を受け取りながら、マルクスとさくらに目配せする。
「まさに、タイミングが良すぎますね」
「しかし」マルクスが心配そうに髭をいじる。「アカデミズムの世界は、時として革新的な理論に対して保守的というか...」
「ええ、でも」
西野が穏やかに微笑む。
「都知事選で、私たちは示しましたよね。理論は決して象牙の塔の中だけのものじゃないということを」
窓の外では、春の陽光が降り注ぐキャンパスで、環境サークルの学生たちが横断幕を広げていた。
『気候も、大学も、民主主義を!』
「さて」
西野が立ち上がる。
「実践の場としての理論を、作っていきましょうか」
マルクスの髭が誇らしげに揺れる。
理論と実践の新しい結びつき—その可能性は、確実に芽吹き始めていた。
