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20090909 一億総白痴化

 かって大宅壮一$${^{*1}}$$が当時のテレビジョン放送の有り様を「一億総白痴化$${^{*2}}$$」と評した。今から五十年以上前のことである。垂れ流される低俗な内容の映像が喜ばれるのは、日本国民の白痴化が進んでいるから、と言った意味だろう。

 五十年かけて一億総白痴化はほぼ完了した。恐らく明治の人から見れば、現代人は本当に阿呆にしか見えないだろう。箱に映し出される画像、最近は額縁に入った絵の様に薄くなっている映像装置$${^{*3}}$$の画像を見ただけで、考えもせず色々行動する人がかなり多くなっている。また短絡的に物事を考え、行動に移す人が多過ぎる。

 想像力が無くなっているのだと思う。想像する訓練がなされていない。自分が何らかの行動をしたら、他人にもしくは自分にどんな影響があり、それがどのような結果を招くかを良く考えることができなくなっているのではないか。テレビジョン受像機は家庭内にある。これに映し出される映像は現実ではなく、番組制作者が考えまとめた結果を一方的に垂れ流しているだけだ。家庭内でこう言った映像を常に見せられながら育つ子供は自分で考える隙を与えられない。映像の世界ではなく、実際の世界では無限の選択肢とそれを選んだ時の結果があるが、テレビジョン番組やゲーム$${^{*4}}$$には制作者が用意した結果しか選べない。言い換えれば、数少ない選択肢から満足のいくものを選び出すだけでいいので、考える手間がそれ程ない。子供の頃からそうする癖がついてしまうので、想像力が低いままなのである。

 「どうしてそんなことをするのか」「少し考えれば判りそうなものを」と常識のある人が考えてしまう様なことをしでかす人々がどんどん増えているのは、やはりテレビジョン放送の影響ではないだろうか。そう言った意味での「一億総白痴化」だ。もうこれは詮方ない。子供の脳は視覚による刺激を欲している。「想像する」と言うまどろっこしい活動よりも直截$${^{*5}}$$な刺激が欲しいのである。これを止めるには親が見せない様にするしかない。そんなことは昔から言われているが、小さな子供を持つ今の親はテレビジョン放送やゲームを長時間見ながら育ってきているので、自分の子供にそれらを見せることに関して違和感を持っていない。子供にはあまり良くないと思っていても自分もテレビジョン放送を心底詰まらないとは思っていないので、気は緩む。

 親が、テレビジョンは詰まらないと思うしかない。テレビジョン受像機が視界に入れば何はともあれ取り敢えず電源を入れる習慣が身に付いている人等は、テレビジョン放送番組を見ることに慣れ切ってしまっているので、まずはそれらを「詰まらない」と思い込むしかない。実際、殆どの番組は本当に下らないのだから、そう思い込んでも全く問題はない。

*1 大宅壮一文庫
*2 文春写真館 あのとき、この一枚|文藝春秋 「大宅壮一は造語の天才だった」
*3 20071231 テレビジョン受像機の水洗い(8)
*4 ゲーム研究データインデックス | テレビゲームへの正しい理解を
*5 20031005 直截

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