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"危険"な女ふたりの旅(ヨルダン)① -気が合わない旅友、「しまった!」

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↑こんなところで突然降ろされました


「降りてくれ、バスが壊れた」。

は?


それはヨルダン旅行の帰りだった。

ヨルダンでは物理的には何ごともトラブルは起きず、国境を越えてエジプト側のシナイ半島に戻った後だった。

長距離バスに乗っていたのは、わずか3人の外国人だけで、私と友人のヒロミさん(仮名)と見知らぬイギリスの青年だった。

「バスが動かなくなったから、全員ここで降りてくれ」。

確かに先程から延々と、ドライバーは車体のあれこれを点検し、いじっていた。でもどうにもこうにも直らないらしい。

生まれ育った日本では、公共バスやタクシー、電車に乗車している最中に「車体がぶっ壊われた」ということが一回もないのだが、

たった数年間しか住んでいないエジプトでは、こういうことがなぜ幾度も起こるのかね。


辺りには何もない、砂漠しかないところだ。ひたすら延々と砂漠、砂漠、砂漠。紀元前から景色は何も変わっていないと思う。

「...」

私たちは顔を見合わせた。

実は私と友人のヒロミさんは一ヨルダン旅行中(正確には旅行のスタート時点から)、険悪の仲になっており、帰りの長距離バスの中でも全然離れた席に座り、お互い一切口を利いていなかった。

それぞれ無言で窓を眺めたり、テトリスをしたり、CDウォークマンをイヤホンで聴いたり、お互いの存在を無視していた。

そこにもってポンッと夜の砂漠に放り出された。

星が多いので真っ暗闇ではないが、店もネオンの明かりも何もないし、他に車も通りかからない。とにかく砂漠しかないのだ。

旅行中に女同士ならではのごちゃごちゃがあって、お互いムッとしプイッとしていたが、もうそんなこと言ってられない。

「ヒロミさん、どうなるのかしらね」

「ローローさん、どうしよう」。

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砂漠の夜は夏でも冷える。寒い。お腹もすいている。それはもう一人のバス同乗者、イギリス人の青年も同じだった。彼はモヤシのように白くてひょろっと痩せている。私たち以上寒そうに見えた。

モヤシ君とはたまたま私たちと同じバスに乗り合わせただけで、赤の他人だったが、彼もとても不安そうでいろいろ話しかけてきた。


「ローローさん、砂漠ってコヨーテや狼は出ないよね?」

とヒロミさん。彼女は寒さと恐怖でがくがく奮えている。もう仲たがいなんていってられない。

ちなみに私を「ローローさん」とさん付けで呼んでくれているが、年は私よりずっと上でアラフォーぐらいだった。


「出ないと思うけど、さそりはいるんじゃぁ..」

「さそり! ぎゃっ!」

ヒロミさんが叫ぶと、

「うわ、な、何かあったの!?」

とイギリス人のモヤシ君が飛び跳ねた。

「なんでもないから」と答えようとした時、背後からバスが走って来るのが見えた。

長距離観光バスにちがいない。こんな砂漠道路を通るのは、観光バスぐらいだ。ベドウィンはラクダだし。


私たちの運転手は砂漠道路の真ん中に飛び出し、必死に両手を振った。すると近づいて来たバスはちょっと手前でピタッと止まった。

見ると、とてもおんぼろなローカル長距離バスだった。

ほぼ外国人旅行者専用になっている高級な長距離バスは、窓がついていて冷房完備、座席も綺麗で快適だ。

しかしエジプト人出稼ぎ者ら多くが利用する長距離バスは、車体の外観に塗装もほとんどされておらず、窓もなく冷房もついていない。

さらに座席もボロボロだ。ノミもぴょんぴょん跳ね回っているのも珍しくない。

今、夜の砂漠道をぽつんと現れたバスは、後者のおんぼろ長距離のバスの方だった。

運転手の"なり"も全然違い、こっちの運転手は襟付シャツとネクタイ姿でちゃんと革靴だった。

かたや、おんぼろバスの運転手は頭にターバンを巻きガラベーヤ姿で草履。農民にしか見えない。


運転手同士で喋った。そしてすぐに話がつき、私たちの革靴運転手が

「三人とも、あっちに乗り換えろ」と言ってきた。


本当はそんなポンコツ廃車にしか見えないバスなんかに乗りたくない。でもえり好みはできる状況ではない。

こんな砂漠地帯の夜の道路に、今度はいつバスが通るか分からないし、へたしたら朝まで野宿だ。

「乗りましょう」

三人で順番にそのバスに乗り込んだ。が、全員ギョッ。ギョギョッ。

中には迷彩柄の軍服姿の兵隊たちしか乗っていないのだ。


後で聞けば、兵役に服している青年たちで、休暇でカイロに戻る途中だという。

驚いた顔をしているのは、兵役君たちも同様だった。

そりゃそうだ。何もない砂漠で日本人二人とイギリス人が突然乗り込んできたのだ。


「どこでも好きなところに座りな」

ボロバス運転手が、南部訛りの田舎くさいアラビア語でそう言うと、迷彩柄集団は一斉に

「プスプス」

と合図を送ってきた。

「イングリーゼ(イギリス人)男は来なくていい、ヤバニーヤ(日本人女)はこっちに来い」

「ウェルカムエジプト!」

「ヤバニーヤは俺の横だ、イングリーゼ男はあっちへ座れ」

「ウェルカムエジプト!」

「いやヤバニーヤは俺の所に来い、イングリーゼも女だったら良かったな。ちっ、男かよ...」

「ウェルカムエジプト!」

いちいち合いの手のように入ってくる「ウェルカムエジプト」がやかましかったが、私は最前列の兵役君の横にぱっと座った。

多分、後方席よりノミが少ないんじゃないかと思ったのと、運転手のそばにいた方が万が一のセクハラも大丈夫だろうと考えたのだ。

あと理由はもう一つ。最前列の兵役君、一番顔が良かった。


ヒロミさんは、私がさっと一番前にとっとと腰を下ろし、隣の顔がいい兵役君と喋りだしたのを、おもいっきり怖い顔で睨みつけた。

そして渋々、その数席後ろの、ムーミンに似ている鼻穴が大きい太っちょ兵役君の隣にストンと座った。

イギリス人のモヤシ君も私たちのそばに座ったが、早速兵役君たちに

「英国製のタバコを持っていないか」「英国製の洒落たものでも持っていないか」「イギリスポンドとエジプトポンド、交換しないか」

など、たかられ(からかわれ)始められ、モヤシ君の顔はますます蒼白になっていた。


そしてこの後、迷彩柄の軍服集団と約10時間近くも、私たちはカイロまで旅を共にした。

【出発】

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その約一週間『前』だった。

突然ヨルダンに行ってみたいと思った。一人でサッと行って来ようとした。

すると

「私も行っていいですか」。

ヒロミさんが手を挙げた。


彼女はエジプトに来てまだ間もない女性だった。

なんでも以前エジプトツアーに参加した時に、エジプトに魅入られ仕事を辞め、こっちに留学にやって来たという。


でもアラビア語の前にまず英語から学ぼう、とカイロ市内の語学スクールに通っていた。

アラビア語クラスの私とは、学校の小さな休憩所(カフェテリア)で知り合った。

サバサバした大人の女性だった。

学校で会えば雑談し、ずっと年下だった私の様々な相談にも乗ってくれたし、お互いのアパートにも遊びに行き、一緒にごはんを食べに出かけたことも何度もある。

決して口論したことも何か揉めたこともないし、お互いの陰口を叩いたこともない。

だから、ヒロミさんが私に

「実はエジプト人のカレがいるんだけど、既婚者で...

いろいろ悩んでいて考えたいから、私もエジプトをちょっと離れてみたいの。ローローさんのヨルダン旅行についていきたい」

と言ってきた時、むしろ私は喜んだ。

以前に別の日本人の女友達のユッキーと一緒にレバノン旅行をしていたが、なかなか楽しかった。

だからヒロミさんとの旅行も和気あいあいとするだろう、と私は思った。ユッキーとヒロミさんのキャラの違いなど、全く考えもせず...。



ヨルダンへ向かう朝。

長距離バス発着所の、カイロシェラトンホテルの前でヒロミさんとは直接会うことにしていた。

バスが出る予定時刻は朝6時だった。だから私は6時に到着した。


ところがヒロミさんは5:30にホテル前のバス停に到着していた。

「ローローさん、全然来ないからドキドキしていたわ。まったくもう本当に心配しちゃったわよ」。

すっかりふくれていらっしゃる。でも私は「えっ、なんで?」。

6時出発予定で6時ちょうどに到着したなんて、むしろ「早すぎたな」と思っていた。

実際、他の乗客のイタリア人とスペイン人の集団らなんて6:30に現れた。

案の定、6時出発予定のバスが実際に出発したのは6:40だったし、エジプトで6時出発だ、というのは

「6時ぐらいに集まれば間違いないよ」の意味に過ぎない。

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ヨルダンからカイロへの帰りのバスと違い、カイロ出発ヨルダン行きバスはほぼ満席だった。たまたまだったのか、私たち二人以外、全員ヨーロッパ人バックパッカーだった。

ちなみにカイローヨルダン片道は、2,3000円。エジプト人料金はおそらくこの三分の一ぐらいじゃないかな。


バスが発車するやいなや、

「ヨルダンに到着してからの行程を話し合いましょう」

とヒロミさんがペラペラに薄い『地球の歩き方-シリア・レバノン・ヨルダン編』のガイドブックを出してきた。ちなみに私なら、ヨルダンのページだけ破りホッチキスで留めて、旅行に持って来る。


「えっ?一体何を話し合うの?」

するとヒロミさんは大きなため息をついた。

「まずヨルダンに到着してワディラムのホテルに着いたら、何をするのか決めないとだめでしょう。

晩御飯はどこで食べるのか、その翌日朝は何時にホテルを出てどうやってペトラ遺跡まで行くのか。

そして、あさってはどうするのかなど最終日までの計画を立てなくっちゃだめでしょうに」。

その口調はまるで教師のようだったが、思い出した。彼女は実際に学校の教師だったのだ。


「...」

口がポカンとしてしまうほど驚いた。

そんなの、そもそも何時に着くのかも分からない上(予定は未定)、実際行ってみないと諸々分からない。

明日以降のことはその都度決めていけばいい。それが気ままな個人旅行っていうやつでは..日程に追われるのはガイドの仕事のツアーだけで十分だ。

「まあ、ローローさんったら何も考えていなかったの。駄目じゃないの」。

「...」

いろいろ言い返したいが、元教師の一回りぐらい年上女性には反論しにくい。


我慢して黙っていると

「ローローさんはまだ若いんだから、直そうと思ったらいい加減な性格も直せるわよ。心配しないでね」。

「そういう自分こそ、エジプト人と不倫なんかになっちゃって、一番いい加減じゃん」

と思ったが、これを言ったらオシマイヨ...ぐっと私は飲み込んだ。


一緒にヨルダン旅行をするというのに、まだエジプトのカイロの街も抜けていやしない。


【道中】

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シナイ半島


ヨルダンまでの道中、何回か休憩があった。

乗客はみんな下車をし、ほったて小屋のような休憩所のボットン便所で用を足したり、ネスカフェ/リプトンを飲んだり。


バスを止めるたびに、運転手はマイクで

「10 ミニッツ、レスト」

などしっかりアナウンスしていた。(restのRの巻き舌は超絶もののイメージをしていただけたら...)


ところが、はっきりと「10分だけだぞ」と言われているのに、絶対にイタリアとスペインチームは時間以内に戻って来ない。いらいらする運転手が呼びに行っても、彼らは全然急がない。

遅れて戻って来る時も、車内で待つ他の乗客全員が睨んでいるのも関わらず、彼らはがやがや雑談しながらのんびりだった。


一回目の休憩の後、運転手は「この調子じゃあ、奴ら(イタリア人とスペイン人)は休憩の度に毎度遅刻するんだろう」

と思ったのだろう。だから、マイクがオンになったままなのに、愚痴をこぼした。

「いつも、いつもこうなんだ。イタリアーノとエスパニョールの連中は時間を守らん。

そしていつも優秀なのはアルマーニ(ドイツ)とヤバーン(日本)だけなんだ。この調子じゃ終点まで先が思いやられる。

かなりまた遅れてしまうぞ」。


アラビア語だったけれども、国名がいろいろ出てきたので、ぶつぶつ言っている内容は、全員に予想がついた。

だけども肝心なイタリア人とスペイン人は無反応。

バスの最後方席を陣取り、UNOのカードゲームで盛り上がっていた。だから運転手のマイクの音声オンの愚痴などに気付いていやしない。

かたやヒロミさんは不機嫌でむっつりしていた。

「まったく、みんなを待たせてばかりで、なんて酷い人種なのかしら。でも運転手さんも運転手さんもよね。直接本人たちに注意すべきよ。

ねえ、ローローさんは言葉が話せるのだから、ローローさんからそのことを、運転手さんに言ってみたらどうかしら。やっぱりここは運転手さんがビシッとイタリア人たちに諭さないと。

だから、それをローローさんが運転手さんに伝えて欲しいわ」。

「...」

絶対嫌だ。だから、

「ちょっと、それは無理」。

「...分かりました」

そしてヒロミさんはプイっと隣の私に背を向け、窓をまた眺め出した。

今までもっと穏やかで大人な女性だと思っていた。でも、向こうもいろいろ思っているだろう。いやぁ、旅に出ると、お互いに別の面が見えるものだ。


『あーあ、早くカイロに戻りたいな』...まだヨルダンに入ってもいないのに。

「仕方ない、テトリスでもやるか...」。

さあヨルダン旅行どうなるのか!?


つづく

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