転生していないのにメタルスライムだった件(1)
第1話 エンカウント
推して10年。
私はいわゆる丸の内のOLだ。
推し活のため、広島から上京してきた。
過酷なダイエットを経て、就活では勝利をもぎ取った。
なんと──推しのいる会社に入ったのだ。
柚木あおい、28歳。
日々トレーニングを重ねている。
毎朝5キロのランニング、週二日のボクシングジム。
得意技はスマイル。
仕上がっている。
私は今、人生最高に仕上がっている。
鋼の心と体を手に入れた。
そして、美しさも。
そんな私に、最近ある“不幸な事件”が起こった。
人生を賭けて追いかけた推しが、五年前に結婚したのだ。
その前から何度もオーバーキルされ続けた。
そのたびに強靭な精神でリスポーン(復活)してきた。
まだ負けてない──そう言い聞かせ続けてきた。
そして先日。
とうとう、子供まで生まれてしまった。
世界の終焉。アポカリプス。
確定負けイベントによる強制退場。
自分の未来にイレギュラーを想定していなかったわけではない。
ただ、突き進んでしまって、ちょっとだけ引き返せなくなっただけだ。
自室に並ぶアクスタも痛バッグも、すべてを捧げてきた証。
私の青春そのものだ。
重いとかいうな。
アラサーで恋愛経験なしとか、それがどうした。
一つ言っておく。
今の私は無敵だ。
神さま、どうかこんな私に救いの手を。
◇
「あおい、自分からヒロインになるって言ったろ。」
会社の先輩・ふみさんに引っ張られ、
今日は“ふみさんおすすめのとっておきの男性”に会うことになっていた。
ふみさんは社内恋愛で結婚し、一児の母。
旦那はうちの部署の東堂課長。
そして彼はベーシストでもある。
ちなみにふみさんは元ドラマー。
そして、私と推しが同じなのだ。
これには天秤座の私も運命を感じざるを得ない。
今日のお相手は、ふみさんの知り合いの親戚らしい。
とはいえ、私の心は全力で抵抗していた。
どんな男性も推しに比べれば、紙屑、いや背景、いや、もはや空気ですらない。
そもそも、なんで錦糸町なんだ。
私は丸の内のOLだぞ。
しかも星座占いでは、素敵な出会いは昨日だったぞ。
店の暖簾をくぐる。
「あっ、ふみさん、久しぶり。」
20代前半のイケメンが席に座っていた。
おいおい、意外と雰囲気いいじゃないか。
「よっ。」
その男性は──ん? むむっ?
どこかで見たことがある。
まさか、まさか、まさか。
これが世に言う運命の出会いなのか……?
「こんばんは。小田切比呂人です。兄がいつもお世話になってます。」
ふみさんは勝ち誇った顔で言う。
「どうだ、これが世界だ。私を崇めろ、愚民よ。」
「いや、相変わらず面白いっすね、ふみさん。」
私は固まった。
彼の笑顔を見た瞬間、全部を持っていかれた。
あれ、ここからはじまるかも。
神さま、本当にありがとう。
「うちのメタルスライム、持ってきたぞ。柚木あおいだ。
おまえの兄さんの大ファンで、恋愛経験ゼロ、スタイル抜群で足も速いぞ。
ちょっと重いけどな。」
比呂人が兄貴譲りの笑顔で返す。
ヤバ、当たり判定デカすぎ。
比呂人はジョッキを持ちながら笑った。
「マジすか。兄さんの大ファンとか、ないわー。
めっちゃ美人なのに、残念。」
ふみさんは腹を抱えて笑っている。
「あおい、すまん。ダメだった。」
開幕速攻。
かいしんのいちげき。
私は比呂人の「ないわー」で、カチリとスイッチが入った。
「おい、おまえ、今なんつった。」
ふみさんはさらに腹を抱えて笑い出す。
「あれ、俺、なんかまずくないすか。」
ふみさんが戸惑う比呂人の肩を叩く。
「ごめん、ヒロちゃん。面白いから聞いてあげて。」
◇
「あのですね、ちっちゃい頃から兄貴と比較され続けてるこっちの身にもなってくださいよ。
歴代の彼女も兄貴狙いだったし、すでにトラウマですよ。」
私は手で顔を隠したまま、ずっとごめんなさいしていた。
「でも、こんな美人で、ここまでこじれるんですね。
うーん。いや、もったいないな。」
ふみさんは真顔で合いの手を入れる。
「ごめん。あおい、今日は奢る。クッ……」
笑いを堪えられていない。
すぐに真顔が崩壊した。
「ふみさん、今日、こうなるのわかってましたよね。」
「ごめん。」
また、ふみさんは腹を抱えて笑い出した。
◇
帰り道、ふみさんと私。
「まあ、なんだ。でも面白かったろ。
良かったじゃん、連絡先も交換できたし。
彼女いないって言って……ククッ」
ふみさんがまた笑い出す。
私はずっと拗ねっぱなしだ。
「今思い出したんですけど、うちのメタルスライムってなんですか。」
「おまえ、自分が会社の男性陣になんて呼ばれてるか知らないのか。」
あおいはこんらんしている。
「飲み会に誘っても来ない。連絡先も教えない。
お高く止まって、デートの誘いもヒラリとかわす。
そんでもって趣味がマラソンとオタ活。ハーフ100分ギリ。
欲求不満の解放の仕方を完全に間違ってる。
完全にレアモンスターだろ。」
あおいはこんらんしている。
「まあ、明日からまた恋愛の経験値稼ぎだな。逃げ出すなよ。」
ぐぬぬ。
神さま、どうか私に祝福を。
そして、私をヒロインにしろ。
◇
「今度、丸の内でランチしませんか……。」
意を決した私は、
LINEを送るかどうか三日も悩んでいた。
ええい、ままよ。
送信ボタンを押す。
ふふ、こう見えて私も成長してるのだよ。
さて、この私が相手をしてやるのだ。
なんならデートぐらいしてやってもいいぞ。
◇
会社での昼休み。
野菜スティックをつまみながら、私は悩んでいた。
なぜ、未読のままなんだ。
すでに二日が経っていた。
もしかしてスマホが壊れたのか。
まさかな。
ふみさんがニヤリとしながら近づいてきた。
「そういえば、ひろちゃんだけど、マジで返信遅いぞ。
あれも基本的にモテ男だからな。まあ、気長に待て。」
私はとっておきのスマイルでカウンターを放つ。
「ふみさん、何のことでしょう。」
その瞬間、スマホが震えた。
反射でスマホを見る私。
ふみさんは笑いながらクロスカウンター。
「そのわかりやすさ、嫌いじゃない。
なんて書いてあった?」
「LINE広告……です。」
「嘘を言うな、顔に出てるぞ。
丸の内のランチデートに行くって。」
「なんでわかるんですか。」
「だっておまえの行動範囲、基本、丸の内と銀座だろ。
たまに池袋と新宿な、アニメイトのある。」
了
