りぼんと縁によって造られたり生かされたり
20250907
自分を作ったのは、絶対にりぼんとお笑い
大事なことは漫画とお笑いから教わった。
わたしは90年代、りぼん250万乙女の一員だった。
お小遣いを握りしめ、発売日前日に並んでいる店を探し当て走った。
なんと3コインズでりぼん70周年グッズとして世代ドンピシャなものたちが発売されたので、発売日ではなく一日遅れで店舗に出向く。
1日しかたっていないのにお目当ての商品が既に売り切れていた。

公式サイトでも完売、悔やまれる
事前に整理券の応募をして発売初日に行けばよかった。
ガッツが足りなかったことをすこぶる後悔。
(※本日のヘッダーは発売初日だということをすっかり忘れてニコニコ食べていたおいしいチーズバーガーです、その頃ボックスは売り切れに・・・)
「持っておきたいけどほんまにいらん」「全然いらんけど絶対にほしい」
正直そんなグッズばかりなので、40前後の女たちが理性と欲望の間で葛藤している顔が売場のあちこちで見られ、めちゃくちゃよかった。
数年前に開催されたりぼんのふろく展の時と同じく、そこにいる女たちをとっ捕まえて呑みに行きたい気持ちになる。
悩みに悩んで、いらんのに絶対にほしいものを結局山ほど買った。
自分の中の少女が「おかあさんに怒られる」と思った。
持っておきたいけど本当に、絶対に絶対にいらんものは涙をのんだ。
いやあ、しかしルナティック雑技団のグッズを作ろうとしてくれた3コインズの懐の深さには頭が上がりません。
ただ、もし次回がありましたらルナティック雑技団ではなく、こいつら100%伝説のグッズ化をお願いします。
今、時折こうやってグッズが発売されて、岡田あーみん先生はどう思っているんだろうな。
元気かな。幸せでいてほしい。
縁も自分を作っている
親戚のように思っている仲間と呑む。
彼とは6年ぶりくらいだった。
元夫の偲ぶ会に行っていたそうで、その後約束して会った。
2人でこうして会うのは初めてのことだったように思う。
会わなかった間に起きたことや昔のことを話す。
2016年、仲の良かった3バンドでリリースツアーをしたりしてとても濃密だった。
それなのに記憶がかなり曖昧だ。
東京ツアーの打ち上げの魚民だか和民だかで、笑い飯の哲夫さんが後輩芸人とみられる人たちと呑んでいるのを発見して興奮したことや、名古屋の会場にまだその界隈で活動していたCHAIのマナちゃんとカナちゃんが見に来てくれていてその後の活躍を見てびっくり、ぐらいしか鮮明に覚えていない。
記憶していた時系列などは、彼が覚えている事実とてんでバラバラで驚いた。
自分なんてものはやっぱり全然信じられない、と思った。
今回彼とふたりで話をして、楽器も作詞作曲もできないわたしを、わたしの歌を、音楽の中でちゃんと認めていてくれたんだなあ、というふうに思ってものすごくありがたかった。
あの頃バンドの中で感じていたどうしようもない孤独と、ここのところ感じていた孤独が、今回話をすることで薄まったような気がした。
今日京都に来るので会いたい、と連絡をくれて、会えたことが本当に嬉しかった。
また必ず会いましょう、と新幹線の乗り場まで見送って別れた。
その後、駅までの道を歩いていると弟のような存在のひとからも連絡が来て胸がぎゅっとなった。
元夫が死んでからの人間関係のあれこれを経て、馬鹿げた考えなのは重々承知だけど自分に対してことあるごとにずっと「ああやっぱりわたしがいなくなったほうがよかったですよね」と思っていることがバレて腕を掴まれたようで、なんとなくバツが悪い気持ちになった。
その彼にもまた、忘れずにいてくれてありがとう、と思う。
今日のことがあって何年も会っていないけれど、あの頃お世話になった遠く離れただいすきな人たちが頭の中にばばば、と浮かんで連絡をした。
今までの数々の御礼と伝えたかった事を、顔を見てどうしても言いたい。
できれば、今年のうちに東に顔を出しに行きたいと思う。
いつまでも変わらない人間関係などない。
疎遠になった人とまた繋がることもあるかもしれないし、大事な人と急に疎遠になることだってある。
予想もつかないことが起きて繋がったり離れたり、それが縁だと思う。
スピリチュアルなことはよくわからんし全く信じてないけど、今の自分に必要な人が現れ、そうでない人は離れていくものなんだろう。
幸せでも不幸でも、生きていればいろんな可能性があるはずで、今の自分にできることは自分の想いを良くも悪くもちゃんと伝えて心身健康でいること、日々をやることだけである。
