ニンニクはタイムマシンに乗って
もしタイムマシンができたら、迷わず「昨日の自分」を殴りに行くだろう。取引先の重役と会う約束を控えた前日に、ニンニクとニラを大量投入したオリジナル餃子をたらふく食べていた昨日の自分を。
朝から既に違和感はあった。当然だが寝る前の歯磨きは念入りにしたし、朝も歯が削れるくらいブラシで磨いた。マウスウォッシュもした。しかしどれだけ策を講じても、口内の違和感が消えないのだ。
「どうせなら」と、いつもの倍は入れたニンニク。さらに、限界まで細かく刻んだニラ。どちらも未だ私の胃袋の奥深くに堂々と鎮座している。
確かに、夏を乗り切るために精のつくものを食べたいとは思った。しかし精力と口臭が抱き合わせ販売だったとは。契約書にサインした覚えはない。そういえば屁も止まらないが、これに関しては平常運転なので不問とする。
しかしながら、口から排水溝の匂いがしている気がしてならない。パイプユニッシュを丸呑みしようかとも考えた。けれど、口臭と引き換えに人間としての尊厳、そして命まで失うのはさすがに割に合わない。
とはいえ、皮肉なもので身体は驚くほど元気だ。活力もみなぎっている。こんなに元気で、こんなに口が臭い私を、誰が愛してくれるというのか。
約束の時間が近づいてくる。
とりあえずコンビニに寄って購入したガムを噛んでみた。
一粒…変わらない。二粒…意味がない。三粒、四粒…ダメだ。こんなもので足りるはずがない。気が付けば私は全部のガムを口に入れていた。私の可愛いおちょぼ口が、粘り気のある物体に侵食されていく。
くっちゃ…くっちゃ…
もはやメジャーリーガーである。
少しは緩和されたのだろうか。不安はよぎるが確かめる術がない。万が一変わっていなければ、最初の「こんにちは」で相手の鼻にデッドボールを食らわせてしまう可能性がある。
念には念を。私はもう一度コンビニへ入り、棚できらりと光る小箱を手に取った。ミンティアである。
店を出た瞬間に包装を開封。ケースをシャカシャカと振り、掌に積もった大量のタブレットを迷うことなく一気に口へ放り込んだ。心なしか、すれ違う人たちが距離を取っている気がした。重度のミンティア依存症に見えたのか、それとも、まだ私が臭かったのか。
公衆の面前で口臭を気にする男一人。静かなビル街に、ボリボリと咀嚼する音だけが響く。
大粒の汗が垂れる。
普段は身だしなみなんて二の次で生きているツケだろうか。しかし私は必死なのだ。たった数百円程度かもしれないが、知恵とグッズを総動員してなんとか人並みの口臭に近づけようとする努力だけは認めてほしい。
ガムとミンティア、十分だったかもしれない。けれど胃からせり上がる私の不安は、消えることはない。
結局私が選んだのは、マスクをすることだった。
相手からすれば、大粒の汗を浮かべながら暑い中やってくる男は口臭よりも脅威なのかもしれない。けれどこれでよかったのだ。きっとよかったはずだ。
会合を終え、体力がどっと削れている自分に気がつく。緊張感か、それとも。マスクを取り、心地よい風と解放感を浴びた口が勝手に動くようだ。何か精のつくものが食べたい。
その時、品のあるレンガ調の建物と、「ランチやってます」の看板が目に入った。オススメは…ペペロンチーノか。明日の自分がタイムマシンに乗ってこないことを願いながら、私は店のドアを開けた。
