関西はエジプトよりも神秘的
10年くらい前だったか、大阪・梅田のイベントに芸能人が来ていた。ありえないくらいの美しさに思わず好きになったことがあったのだが、後になって、その人物が木下優樹菜だということを知った。オーラもスタイルも段違い。顔面がソフトボールくらいの大きさで、間違えてグローブでキャッチしそうになったほどだ。現世にクレオパトラがいたらこんな感じかと思った。
それよりもさらに前、九州旅行に行ったとき、熊本城で福田沙紀を見かけた。熊本出身の彼女はロケ中だったようで、ミーハー丸出しで手を振ったところ笑顔で振り返してくれたので、こちらも思わず好きになった。芸能界では中の中などと無礼すぎることを思っていたが、ピラミッドの頂点に君臨するThe 女優の存在を改めて実感した。
テレビの向こう側にいる人たちは、今でもどこか空想上の生き物に近い。インフルエンサーとはまた違う、雲の上の世界に住む存在。だからその人がふいに目の前へ現れると、それだけで心拍数は一気に上がってしまう。
今日の昼過ぎ、職場のチャイムがなった。
こちらが対応するより先に、「すみませ~~~~~ん」と大きな声が響く。はいはいと玄関に向かうと、そこには作業着姿のおじさんがいた。
今日は業者が出入りする予定はないはず…不審に思っていると、おじさんは口を開いた。
「どうも、関西電気保安協会です」
ええええええええ~~~~~????!!!!
あの!?あの関西電気保安協会!!!!??!
私はひどく興奮した。
見た目は冴えないおじさんだった。しかしその言葉を耳にした瞬間、私の脳内では勝手にメロディーが流れ始めたのだ。
慌てて上長に取り次ぐ。
「上長!かんさい~でんきほ~あんきょうかい♪が来ました!」
上長はキーボードを打つ手を止め、勢いよく立ち上がった。
「え!あの、かんさい~でんきほ~あんきょうかい♪が?!」
多くの方はご存じないと思うので、念のため説明しておこう。この世には「関西電気保安協会」という、関西でのみ活動している秘密組織があるのだ。
実を言うとこの名称、関西人だけはまともに読むことができない。いや、より正確には、関西人だけが「本当の読み方」を知っている、と言ったほうが近いだろう。いわば古代エジプトのヒエログリフのようなものだ。文字列を見ても、頭の中では別の読み方に自動変換されてしまうのだ。
一文字ずつ読むことはできる。しかしこの並びになった瞬間、鳴り出すメロディを止められる関西人はゼロに等しいと言われている。
だから私たちの会話も、テレビCMで刷り込まれた「本当の読み方」以外、選択肢がなかったのだ。
「CMでしか見たことのなかった関西電気保安協会が目の前にいる!!!??!!」という興奮は、10万ボルトよりも衝撃的だった。
正直に言うと、木下優樹菜にも、福田沙紀にも、こんなに興奮しなかった。モデル、女優…どんな絶世の美女よりも、おじさんなんかに興奮するような自分にちょっと引いている。芸能人ではなく、点検のおじさんに心を奪われる中年男性。
おじさんは定期調査の案内に来たようだったが、検査が必要なのは、むしろ私の方かもしれない。
関西という土地は、古代エジプトより神秘的だ。
皆様もお越しの際は「奈良健康ランド」、「琵琶湖わんわん王国」、「ひらパー」で遊んだ後に「ホテルニューアワジ」に宿泊することをお勧めする。車のトラブルは「タイヤマルゼン」、お葬式は「お仏壇の浜屋」、見た目を磨きたければ「共立美容外科」、学びたければ「西沢学園」にご一報を。
そしてもし、作業着姿のおじさんに声をかけられたら、名乗られる前に一度深呼吸しておくとよい。ピラミッドの奥から新たな秘宝が発掘されるような興奮が、そこに待っているかもしれないのだ。
