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たった1人の箱根駅伝

年末年始らしく酒をはじめとする飲料をガバガバと飲んでいるからか、奴が頻繁に近づいてくるようになった。尿意である。正しく言うなら「トイレが近い」だろうか。寒さのせいなのか、気がつけば10分ごとに便座に腰掛けているが、そこは私も手練れである。着脱のしやすいズボンを履くことによって最悪の事態は免れている。まさしく尿意周到と言ったところか。

ひどい時などは、トイレから戻ってコタツに入った瞬間に再び尿意がやってくる。コタツとトイレのシャトルラン。「尿意ドンでスタート!」などとふざけている場合ではない。そこには箱根駅伝のような感動や興奮などありはしない。往路も復路もたった1人の孤独なレースである。

あまりにも近い尿意。それは近いというより、「そこにいる感じ」がある。腕を組まれているような、後ろから抱きつかれているような距離感。もはやゼロ距離。気配はあるのに姿は見えない。さながらホラー、まるで神出鬼没のメリーさんである。

「もしもし。私、尿意さん。今あなたの膀胱にいるの。」
怖すぎる。想像しただけでちびりそう。惨事が起こる前にオムツに手を出すべきかもしれない。【オムツ 人気】と調べてみよう。

【人気ランク第1位 メリーズ】

こんなところにもメリーさん。やはり神出鬼没である。

乳児用おむつの対象年齢を調べ、そっとスマホを伏せた私に一つの妙案が浮かんだ。メリーさんだとどうしても怖く感じてしまうが、この尿意をオリジナルの可愛いキャラに仕立て上げてしまえばいいのではないだろうか。

この辺りでそろそろ私に恐怖を感じ始めた読者もいるだろう。メリーさんどころではないだろうが、謹賀新年ということで許してもらいたい。HAPPY 尿 YEAR。

トイレが近いという事実も、見方を変えれば私のそばにいたがっているのだと解釈できなくもない。離れようとするとすぐに引き止めてくるそのしつこさは、束縛という名の愛情である。予告なく突然やってくるところも、仕事を終えて帰宅したら「来ちゃった…♡」と連絡もなしに玄関前で膝を抱えて待っている姿と重なる。厄介で少し重いが、なぜか放って置けない存在。そう考え始めると、尿意がほんの少しだけ柔らかい輪郭を帯びて見えてきたではないか。

きっと彼女はいつもコーヒーか緑茶を手に持ってストローで飲んでいるだろう。残念ながら私に絵心はないのでこれをイラスト化することは不可能だが、きっと可愛らしい女の子に違いない。

年が改まってすぐにこんな怪文書を書いているため、すでに変態の烙印スタンプラリーが始まっている自覚はあるのだが、後は彼女の名前だけなので最後まで突っ走ってしまいたい。しかしながら、どれだけ頭を捻っても、想像力の乏しい私には「おしっ子ちゃん」を超えるネーミングが思い浮かばなかった。これにて見事変態スタンプラリーの完走である。

テレビでは、3連覇という快挙を成し遂げた青学大の勇姿が映っている。一回り以上年下の青年たちの立派な姿を観ながら、私はこんな文章を1人で書いている。たった1人の箱根駅伝。沿道からの声援も当然ない。手渡す相手もいないまま、変態という名のタスキだけを握りしめて、私はコタツとトイレを今日も往復している。

そしてここまで書き切って気がついた。

実際に私に近づいているのはトイレなんかじゃない。世界に向けてこんな文章を発表していることによる、社会的な死なのではないだろうか。

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