たたかわない私
納期が迫っています。倒しても倒しても新しい納期がやってくるのです。一体あと何体の納期が控えているのでしょうか。
ようやく倒したと思った瞬間、「ククク…奴は納期のなかでも最弱…」「納期の面汚しよ!」と別の納期の声が聞こえてきます。この戦いはいつまで続くのでしょうか。
ただでさえ花粉と黄砂で常に状態異常なのです。毎朝起きると喉が痛いのです。満身創痍、半死半生です。外に出たくありません。逃げ出したいです。戦いたくありません。
そんなわけで、回復魔法のように常にのど飴を舐めています。
昔からのど飴が好きです。というか、喉をいたわるのが好きなのです。許されるなら常に口に入れておきたいのです。
健やかなるときも、病めるときも、大事な面接のときも、上司にミスを叱責されるときも、電車に座れたときも、次の駅で譲ることになるときも、スマホの充電が残り1%のときも、ペットボトルのラベルを剥がして捨てるときも、いつだって舐めていたいのです。
最近ハマっているのはこれです。たたかうマヌカハニーです。

とにかく効果があります。舐めた分だけ喉がプルプルに潤っている気がします。たかがのど飴と侮ってはいけません。のど飴を舐めるな、ということです。
マヌカハニーは「ハチミツの王様」といわれる希少価値の高いハチミツです。そもそもマヌカというのは、ニュージーランドの花らしく、12月の約4週間だけ盛大に開く超レアな植物なのです。伝説のアイテムみたいでワクワクするではありませんか。
何より私は、マヌカハニーの「マヌカ」という響きがめっちゃ好きです。
実際に発したときの音がいいのです。
「マヌカ」
「マ・ヌ・カ…」
妙に肉感的で扇情的な気がしませんか。どうにもこの響きは、どこか柔らかく湿り気を帯びています。舌の上でコロコロと転がすたびに、妙に体温を持つ言葉のように感じられるのです。
もし私が宅配業者だったなら、平日の昼下がりにどこか時間を持て余した空気が漂う、古びたアパートの一室へ届けたいです。
チャイムを鳴らし、ゆっくりと扉が開きます。
現れたのは、どこにでもいそうなのに、湿度と憂いをまとった人妻です。着古したTシャツは首元がだらんと伸びています。
「こちら、マヌカハニーです」
ほんの少しだけ声が上ずる私。
人妻は、なぜかすぐには箱を開けません。ラベルの商品名を指先でなぞるようにしてから、こちらを見ます。
「私ね…」
「好きなの…」
「マ・ヌ・カ…」
上目遣いでそうつぶやく人妻の喉から発せられた声には、どこか不自然なほどの潤いが宿っています。
ずいと一歩迫ってくる人妻。
その1cm先の空気を肌で感じた瞬間、私のマヌカも、ハニーを抽出する準備が静かに整い始めるのです。
…
たたかうマヌカハニー。詳しくは知りませんが、えげつない抗菌作用があるそうです。菌と戦い、菌を倒してくれる喉の守護神。それが「たたかうマヌカハニー」なのです。
マヌカハニーは戦っています。
それが自分はどうでしょうか。
納期との戦いから逃げ出したいと弱音ばかり吐き、挙句の果て、逃げた先では人妻とのあらぬ秘め事を「マヌ官能物語」としてあけすけに書きなぐっています。恥ずかしくないのでしょうか。
ニュージーランドの先住民であるマオリ族は、マヌカを「復活の木」と呼んだらしいです。
私が復活する日はやってくるのでしょうか。
今日一日私は何をしていたのでしょうか。
いつのマヌカ、日が暮れています。納期が迫っています。人妻は迫ってきません。
