見出し画像

止まらないHaHaHa

平日の夜、いつものコメダについて角の席へ向かう。右側の窓を突き抜けてくる車のヘッドライトが、優しく眩しい。この時間、この席で、静かな音楽を聴きながらする仕事は、なかなか効率が良いのだ。

いつもはコーヒーを飲むだけだが、今日は軽く腹が減っている。と言ってもボリュームのあるものは食べられそうにない。メニューをパラパラと見ていると、ジェリコという商品が目に入った。コーヒーゼリーを使ったデザートドリンクだ。真っ白なホイップクリームが乗っていて美味しそうだ。今日はこれにしよう。

さっと注文した後、いそいそとカバンからイヤホンと仕事道具を取り出していると、妙齢の女性3人組が入店してきた。入り口をくぐる前から、すでにおしゃべりが始まっている。カフェでおしゃべりをするのではなく、おしゃべりをしながらカフェに来ている。3人とも随分と甲高い声で、よく通る。

彼女たちは、「お好きな席にどうぞ」とおっしゃる店員さんの話を聞いているのかいないのか、「ここ空いてるワ!」と一目散に私の左側の席までやってきた。当然、その間も話は止まらない。口と脳みそが二つずつないと説明がつかないような、マルチタスクぶりである。羨ましい。

気にするつもりはなかったが、それだけ話し続ける女性トリオに、やはりチラリと視線を送ってしまったところ、お一人と目が合った。もちろんその間も彼女を含む3人が喋り続けている。彼女たちは、止まらない。

仕事道具を取り出し終えた私は、そっとイヤホンをつけた。

その瞬間、何やら視線を感じた。左からである。静かに目をやると、その3人がこちらを見て数秒何かを話した後、メニューを開いて飲み物を選び始めた。

見られた意味がわからない。耳からはすでに音楽が流れているし、ノイズキャンセリングのおかげで彼女らの会話は聞こえない。

もしかして。一つの不安がよぎる。

勘違いされていないか?

「こいつらうるせえなあ」と、シャットアウトするために、イヤホンをつけたと思われていないか?

脳内で女性たちの会話が聞こえる。

「マア、あの男。私たちがうるさいと思って、すぐ耳塞いだわヨ!」
「失礼すぎないかしラ!?」
「カフェなんでおしゃべりするところなんだから、うるさくて当たり前よネエ!」
「そもそも私たちうるさくないわよネエ!」
「全くダワ!これでうるさかったら、ヒヨコがぴよぴよ鳴いているのもうるさいってことかしラ!」
「ヤダ!それって私たちがヒヨコと同じくらいカワイイってコト?」
「ヒヨコよりカワイイわよネエ!」
「「「HaHaHa!!!」」」

聞こえる。全部聞こえる。

今すぐイヤホンを外して、弁解したい。

違うんです。確かにあなたたちのことは、一目見た時から「おしゃべりだなあ」と思いました。どちらかというとヒヨコよりはニワトリのようなけたたましさを感じました。庭には2羽どころか、横には3羽のニワトリがいるなあ、とも思いました。なんだかチキンが食べたくなったのも事実です。けれど、あなたたちをシャットアウトするためのイヤホンではないんです。あくまでも仕事のためで、音楽を聴きながらの方が集中できるんです。

イヤホンを外そうか、そう考えた瞬間、また女性たちの会話が聞こえる。

「マッ!外したわヨ!イヤホン!」
「本当!なんのつもりかしラ!」
「宣戦布告じゃナイ!?」
「望むところよネエ!じゃあ、何時間でもいられるように、私この『でらたっぷりサイズ』っていうのにしようかしラ!」
「いいわネ!それ3つ!!」
「「「HaHaHa!!!」」」

外すも地獄、外さぬも地獄。完全に詰んだ私は、肩身を狭くしながら、テーブルに届けられたジェリコをちびちび吸うしかなかった。このままでは仕事をする気にもなれない。チキンだったのは私だった。

そうだ、トイレに行こうか。その時に自然に外せば、余計な誤解は生まないだろう。

「トイレに行ったみたいヨ!」
「大きい方かしらネエ!」
「YADAWA!!」
「私たちの声より大きいのかしラ!」
「「「HaHaHa!!!」」」

だめだ、止まらない。イヤホンを貫通するように、彼女たちの声が私の脳内に届いてくる。

気がつけば、ジョッキいっぱいに盛り付けられたジェリコが底をつきかけていた。私の心情を表すように、ぐちゃぐちゃに混ざったコーヒーゼリー。こんなに苦かっただろうか。

とりあえず今日は仕事は無理かもしれない。そう考え、底に溜まった最後のコーヒーゼリーを吸い上げた時、




ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!!!!!

イヤホンを貫通するくらいの爆音が確かに鳴った。いや、鳴り響いた。

その瞬間彼女たちがどんな顔をしていたのか、それを確かめることはせず、私はゆっくり右側の窓に視線を向けた。車のヘッドライトは、相変わらず眩しい。

私はスマホから別の曲を流した。今の私には、静かな曲よりロックの方が合っている気がした。

いいなと思ったら応援しよう!